はじめに:「手術しない腱板断裂」、リハビリはどう進める?
「腱板断裂と診断されたけれど、手術はせずに保存療法で様子を見ることになった…」 「保存療法の場合、リハビリはどう進めていけばいいの?手術後と何が違うの?」
腱板断裂の治療法には、大きく分けて手術療法と保存療法があります。どちらを選択するかは、断裂の大きさ、症状、年齢、活動レベルなど様々な要因によって決定されます。特に保存療法を選択した場合、理学療法士の役割は非常に重要です。
この記事では、2018年当時の私の学びを元に、腱板断裂の保存療法におけるリハビリテーションの進め方に焦点を当て、その目的、具体的なアプローチ、注意点、そして手術療法後のリハビリとの違いについて、2025年現在の視点から情報をアップデートし、詳しく解説していきます。
1. 保存療法の目的とゴール設定:何を目指すのか?
腱板断裂の保存療法におけるリハビリテーションの主な目的は以下の通りです。
- 疼痛の軽減・コントロール: 日常生活における痛みを最小限に抑える。
- 関節可動域の維持・改善: 肩関節が硬くならないようにし、可能な範囲で動きを改善する。
- 残存機能の最大限の活用: 断裂していない腱板筋や周囲の筋肉の機能を最大限に引き出し、代償的な動きを学習する。
- 日常生活動作(ADL)の改善: 痛みなく、よりスムーズに日常生活を送れるように支援する。
- 再発予防・悪化防止: 肩関節への負担を軽減する動作方法や生活習慣を指導し、症状の悪化や再断裂のリスクを低減する。
重要なのは、保存療法では「断裂した腱を元通りにくっつける」ことを直接の目的とはしないという点です。多くの場合、断裂した腱が自然に修復されることは期待できません。そのため、リハビリのゴールは、痛みなく、日常生活をできるだけ支障なく送れるように、残された機能でいかに代償していくかという点に置かれます。
2. 腱板断裂の保存療法リハビリ:病期と状態に応じた段階的アプローチ
保存療法のリハビリテーションは、患者さんの痛みの程度、炎症の度合い、関節可動域、筋力などを評価し、病期や状態に合わせて段階的に進めていくことが基本です。
フェーズ1:急性期(疼痛・炎症コントロール期)
- 目的:
- 疼痛と炎症の軽減。
- 関節保護と二次的な合併症の予防(過度な安静による拘縮など)。
- 主なアプローチ:
- 安静と局所の保護: 痛みを誘発する動作を避け、三角巾やアームスリングなどで一時的に肩を保護することも検討します。ただし、長期間の固定は拘縮のリスクを高めるため、医師の指示のもと慎重に行います。
- 疼痛管理:
- アイシング: 炎症が強い時期には、患部を冷却することで炎症と痛みを和らげます。
- 物理療法: 低周波治療(TENS)、超音波治療などが用いられることがあります。
- 薬物療法との連携: 医師から処方された消炎鎮痛剤(内服・外用)の効果や副作用を確認しながら進めます。
- 愛護的な他動・自動介助運動:
- 痛みを誘発しない範囲で、セラピストがゆっくりと肩関節を動かしたり(他動運動)、患者さん自身が健側の手で患側の腕を支えながら動かしたり(自動介助運動)します。
- 振り子運動(コッドマン体操)も、肩関節への負担が少なく、初期に行いやすい運動です。
- 目的は、関節の滑りを保ち、癒着を防ぐことです。無理に可動域を広げようとしないことが重要です。
- ポジショニング指導: 夜間痛を軽減するための寝方(例:抱き枕の利用、患側を上にしない)や、日中の安楽な姿勢を指導します。
- 患部外トレーニング: 肩関節以外の部位(体幹、下肢、健側上肢、頸部など)のコンディショニングを行い、全身的な体力低下を防ぎます。
フェーズ2:回復期(機能改善・運動療法開始期)
- 目的:
- 疼痛のさらなる軽減。
- 関節可動域の段階的な改善。
- 腱板機能の再教育と周囲筋の活性化。
- 日常生活動作の段階的な再開。
- 主なアプローチ:
- 関節可動域訓練の漸進:
- 痛みのない範囲で、自動運動の割合を増やしていきます。
- 肩甲骨面(スキャプラプレーン)上での運動など、肩関節に負担の少ない方向から開始し、徐々に可動範囲を拡大します。
- 軽微な抵抗でのストレッチングも導入しますが、断裂部への過度な伸張ストレスは避けます。
- 筋力強化運動(低負荷から開始):
- 等尺性運動: 関節を動かさずに筋肉に力を入れる運動から開始します(例:壁を押す、セラピストの抵抗に抗するなど)。
- 自動運動: 自分の力だけで、痛みのない範囲で肩を動かします。
- 腱板筋の選択的トレーニング: 特に棘上筋、棘下筋、肩甲下筋など、断裂していない腱板筋や、部分断裂で機能が残存している筋を選択的に鍛え、肩関節の安定性を高めます。負荷設定には細心の注意が必要です。
- 肩甲骨周囲筋の強化: 僧帽筋、菱形筋、前鋸筋など、肩甲骨の安定性に関わる筋肉を強化し、良好な肩甲上腕リズムを再獲得します。
- 協調性運動・固有受容性感覚トレーニング: 肩関節の動きのコントロール能力や、関節の位置覚などを高めるための運動を行います。
- 日常生活動作指導: 痛みのない範囲で、徐々に日常生活での患肢の使用を促します。正しい体の使い方や、肩に負担の少ない動作方法を具体的に指導します。
- 関節可動域訓練の漸進:
フェーズ3:維持期・機能向上期(ADL・QOL向上期)
- 目的:
- 獲得した関節可動域と筋力の維持・向上。
- より複雑な日常生活動作や軽スポーツへの復帰支援。
- 再発予防とセルフマネジメント能力の確立。
- 主なアプローチ:
- 漸進的な筋力強化運動: ゴムチューブや軽いダンベルなどを用いた抵抗運動を導入し、徐々に負荷を上げていきます。ただし、保存療法では、高負荷の筋力トレーニングは慎重に行う必要があり、筋肥大よりも持久力やコントロール能力の向上に主眼を置くことが多いです。
- 機能的トレーニング: 日常生活や仕事、趣味活動で必要とされる具体的な動作(物を持ち上げる、棚の上の物を取るなど)を模倣した運動を取り入れ、実用的な機能の向上を目指します。
- 全身運動の推奨: ウォーキング、水泳など、肩への負担が少ない全身運動を取り入れ、全体的な体力向上と健康維持を促します。
- 自主トレーニングプログラムの確立とフォローアップ:
- 患者さんが自宅で安全かつ効果的に継続できる運動プログラムを指導し、定期的に内容を見直します。
- 症状の変化や運動の実施状況を確認し、必要に応じてプログラムを調整します。
- 再発予防のための教育: 肩に負担のかかる動作や姿勢を避け、日頃から肩関節周囲のコンディショニングを意識することの重要性を理解してもらいます。
3. 保存療法と手術後リハビリの違い:押さえておくべきポイント
2018年の記事でも触れられていますが、保存療法と手術後のリハビリテーションでは、その目的とアプローチに大きな違いがあります。
比較項目 | 保存療法 | 手術後リハビリテーション |
---|---|---|
主な目的 | 疼痛緩和、残存機能の最大化、ADL改善、悪化予防 | 断裂腱の治癒促進、再断裂予防、可動域・筋力回復、機能的運動能力の再獲得 |
断裂腱への対応 | 断裂した腱の修復は期待せず、周囲組織で機能を代償する | 修復した腱を保護し、段階的に負荷をかけ、最終的に腱の強度と機能を取り戻すことを目指す |
筋力強化 | 残存筋の機能維持・強化が中心。高負荷トレーニングは慎重。 | 修復腱の治癒状態に合わせて、最終的には積極的な筋力向上を目指すことが可能(ただし、再断裂リスク管理が最重要)。 |
可動域訓練 | 疼痛と炎症を考慮し、無理のない範囲で。拘縮予防と機能的範囲の獲得が主。 | 術後の癒着予防と段階的な可動域拡大。修復部位へのストレスを考慮した慎重な進め方が必要。 |
ゴール設定 | 痛みなく日常生活を送れること、QOLの維持・向上。 | 術前の活動レベルへの復帰、スポーツ復帰なども視野に。 |
期間 | 症状や目標により様々。長期的なセルフケアが重要。 | 術式や修復腱の状態によりプロトコルが設定されることが多い。一般的に保存療法より長期のリハビリ期間を要する。 |
特に重要な違いは、保存療法では「断裂した腱そのものの治癒」を期待するのではなく、「いかにして残された機能で代償し、痛みなく生活できるようにするか」に焦点が置かれる点です。そのため、棘上筋など断裂した筋への直接的な高負荷トレーニングは、再断裂のリスクや痛みを増悪させる可能性があるため、基本的には避けるか、極めて慎重に行う必要があります。
一方、手術療法では、修復した腱が再断裂しないように術後早期は厳重な保護が必要ですが、腱の治癒が進むにつれて段階的に負荷を上げていき、最終的には筋力向上を目指すことが可能です。2018年の記事で「棘上筋が強固に結合するのは約4か月後であり、6か月以内は再断裂率が高い」とありましたが、この期間は術後リハビリにおいて非常に重要な時期となります。
4. 理学療法士が特に配慮すべきこと:個別性と安全性の追求
保存療法を選択した腱板断裂の患者さんへのリハビリテーションでは、以下の点に特に配慮が必要です。
- 正確な評価に基づく個別化されたプログラム: 断裂の部位や大きさ、症状の程度、年齢、活動レベル、生活背景は一人ひとり異なります。画一的なプログラムではなく、個々の状態に合わせたオーダーメイドの対応が求められます。
- 疼痛の徹底的な管理: 痛みを我慢させながらの運動は逆効果です。痛みの種類や程度を常に把握し、痛みを誘発しない範囲での運動を選択・指導します。
- インピンジメントの回避: 肩峰下インピンジメントや関節内インピンジメントを誘発するような動作や肢位を避け、肩関節にスペースを確保するような運動やポジショニングを指導します。
- 肩甲上腕リズムの正常化: 肩甲骨の動きが悪いと、肩関節への負担が増大します。肩甲骨周囲筋の機能を改善し、スムーズな肩甲上腕リズムを再獲得することが重要です。
- 代償動作の適切な指導と過度な代償の抑制: ある程度の代償動作は許容しつつも、それが新たな問題(例:反対側の肩の痛み、腰痛など)を引き起こさないように、適切な体の使い方を指導します。
- 患者教育と動機づけ: 疾患や治療方針、自主トレーニングの重要性を患者さん自身が理解し、主体的にリハビリに取り組めるように、分かりやすい説明と継続的な動機づけを行います。
- 医師との連携: 定期的に医師と情報を共有し、治療方針やリハビリの進捗について連携を図ることが不可欠です。
まとめ:保存療法は「諦め」ではない。理学療法士と共に見つける「より良い生活」
腱板断裂と診断され、保存療法を選択した場合でも、決して「諦める」必要はありません。適切なリハビリテーションとセルフケアによって、痛みをコントロールし、日常生活の質を維持・向上させることは十分に可能です。
理学療法士は、患者さん一人ひとりの状態に寄り添い、専門的な知識と技術を駆使して、その人らしい生活を取り戻すためのお手伝いをします。重要なのは、焦らず、無理をせず、専門家と相談しながら、自分に合ったペースでリハビリテーションに取り組むことです。
この記事が、腱板断裂の保存療法について理解を深め、前向きに治療に取り組むための一助となれば幸いです。