こんにちは!理学療法士のPTケイです。心身ともに健やかな毎日を送るための情報をお届けしています。
さて、医療や介護の現場では、患者さんや利用者さんの安全を守ることが何よりも大切ですよね。そのために欠かせないのが「リスク管理」です。しかし、このリスク管理、日々の業務に追われる中で「どうやって具体的に進めたらいいの?」「標準化したいけど、なかなかうまくいかない…」と感じている方も多いのではないでしょうか。
私自身、長年医療現場に携わる中で、このリスク管理の標準化と、それによって生じる業務負担のバランスについて、常に課題意識を持ってきました。今日は、私の経験や考えを基に、「患者さんの安全」と「業務の効率化」をどう両立していくか、そのヒントを探っていきたいと思います。
この記事が、皆さんの職場での取り組みに少しでもお役に立てれば嬉しいです。
医療現場におけるリスク管理:なぜ標準化が難しいのか?
医療現場では、患者さんの安全を最優先に考え、質の高いケアを提供するために、リスク管理の標準化が求められます。しかし、その実現は容易ではありません。
患者さんの安全を守るためにリスク管理の標準化は必須ですが、多くの現場でその推進に困難を抱えています。
その背景には、まず「リスク管理で何を目指すのか」という共通認識の形成の難しさがあります。チーム内でリスクに対する捉え方や評価の視点が異なると、具体的な取り組み方針も定まりにくくなります。「どこまでのリスクを想定すべきか」「どの程度の詳細さで情報を共有すべきか」といった点で、意見がまとまらないことも少なくありません。
例えば、リスク評価のためのチェックシートを作成しようとしても、「あらゆるリスクを網羅した詳細なものを作るべき」という意見と、「頻度の高い重要なリスクに絞り、まずは運用しやすさを重視すべき」という意見で対立することがあります。また、特定の疾患や状況に特化した評価項目に議論が集中し、より普遍的なリスク管理の視点が抜け落ちてしまうことも、私が経験上よく見聞きするケースです。
こうした状況を避けるためには、まず「何のためにリスク管理を行うのか」「それによってどのような状態を目指すのか」という目的(ビジョン)をチーム全体で共有し、明確にすることが、何よりも重要だと私は考えています。
効果的なリスク管理シート作成:私が重視する5つのポイント
明確なビジョンが共有できたら、次はそれを具体的な形にしていく段階です。
その際、特にリスク管理チェックシートのようなツールを作成する場合には、以下の5つのポイントを押さえることが、実効性を高める上で非常に重要だと私は考えています。
- 対象となる方の「入院中」や「利用中」に起こりうるリスクを予測し、抽出できること。 現状把握だけでなく、これから起こりうる潜在的なリスクに目を向ける視点が大切です。
- チェックした結果が、具体的な次の行動(対応策)に明確に結びつくこと。 例えば、「ふらつきが見られる」にチェックが入れば、「歩行時には必ず付き添う」「移動時には杖や歩行器の使用を徹底する」といった具体的なアクションがイメージできるような項目が望ましいです。
- 予測が難しい「想定外のリスク」の発生を、可能な限り減らせるように工夫されていること。 そのために、過去のヒヤリハット事例などを参考に、発生頻度が高く、影響の大きいリスクは優先的に盛り込むべきでしょう。
- 日々の状態変化(体調、バイタルサインなど)を的確に捉え、リハビリやケアの継続・変更・中止の必要性を判断する材料となること。 安全を確保しながら効果的な介入を行うための、実践的な判断基準を提供することが求められます。
- 急変リスク、合併症の発生リスク、そして特に頻発しやすい転倒・転落リスクを確実に抽出できること。 これらは患者さんや利用者さんの安全を脅かす重大なリスクであり、これらを見逃さないための項目は必須です。
これらのポイントを意識することで、単なる記録のためのシートではなく、真にリスクの低減に貢献する「生きたツール」となり得ると、私は信じています。
リスクを「見える化」し、具体的な対策へつなげるヒント
リスク管理の目的が明確になり、ツールのポイントも押さえられたら、次は具体的なリスク項目とその対策を考えていきましょう。
ここでは、私が日々の臨床で特に注意を払っているリスクと、それに対する対策の考え方をいくつかご紹介します。
リスク項目 | 具体的な対策の考え方 |
バイタルサインの変動リスク | バイタルサインを確認するタイミング(活動前、活動後、必要時など)のルール化、変化が見られた場合の報告基準の設定。 |
高齢、易疲労性、息切れ、 動作時の痛みなどがある方 | 活動量の調整(短時間・高頻度など)、休憩の取り方の工夫、苦痛の少ない活動方法の選択。 |
活動中に体調が変化する可能性がある方 | 活動前の体調確認の徹底、活動中の表情や訴えの注意深い観察、異常の早期発見と迅速な対応。 |
転倒リスクが高い方 | リスク要因の評価(筋力、バランス、視力、薬剤など)、環境整備(手すり、照明、床の障害物除去など)、適切な歩行補助具の選定と使用指導、見守り体制の強化。 |
骨折しやすい状態の方(骨粗鬆症など) | 急な動作や強い力を避ける指導、安全な移乗方法の習得支援、ベッド周りの高さ調整。 |
活動場所の環境リスク | 状態が不安定な場合は無理にリハビリ室などへ移動せず、安全な場所(自室など)で活動を行う柔軟性を持つ。 |
不整脈など心疾患のリスクがある方 | 運動負荷の適切な設定、活動前後の脈拍確認、異常時(特に運動中に出現した場合)の医師への迅速な報告と指示確認。 |
深部静脈血栓症(DVT)のリスクがある、 または既往がある方 | 医師の指示に基づく活動制限の遵守、下肢の観察(腫脹、疼痛、色調変化など)、予防的弾性ストッキングの着用検討。 |
皮膚が弱い、傷つきやすい方 | 移乗や体位変換時の摩擦・ずれへの配慮、福祉用具(スライディングシートなど)の活用、定期的な皮膚状態の確認。 |
褥瘡(床ずれ)発生リスクが高い方 | 体圧分散寝具やクッションの適切な選択と使用、定期的な体位変換の実施と記録、栄養状態やスキンケアへの配慮。 |
寝たきりに近い状態で、 肺炎のリスクがある方 | 誤嚥予防のための食事姿勢や体位の工夫、口腔ケアの徹底、早期離床や呼吸訓練の促進。 |
ちょっと専門用語解説
- SpO2(エスピーオーツー): 経皮的動脈血酸素飽和度のこと。指先などにセンサーを付けて、血液中の酸素の量を測定します。一般的に96~99%が標準値とされ、低い場合は体に十分な酸素が行き渡っていない可能性があります。
- DVT(ディーブイティー): 深部静脈血栓症のこと。主に足の深い部分にある静脈に血の塊(血栓)ができる病気です。この血栓が剥がれて肺に飛ぶと、命に関わる肺塞栓症を引き起こすことがあります。
肺炎リスク評価のスクリーニングについて
客観的な指標を用いたスクリーニングは、リスク評価の標準化に役立ちます。例えば、肺炎のリスクを評価する際には、以下のような項目を組み合わせたチェックリストが臨床で参考にされることがあります。
- 年齢(例:65歳以上か)
- 嚥下機能に関連する所見(例:構音障害、失語症、水飲みテストでのむせ込みなど)
- 全身状態を示す指標(例:日常生活動作の自立度、意識レベル、認知機能など)
これらの項目を点数化し、合計点によってリスクの高さを判断する方法です。例えば、特定の点数以上であれば「肺炎リスクが高い」と判断し、より注意深い観察や予防策の強化につなげるといった活用が考えられます。このような客観的指標は、個人の経験だけに頼らない、一貫性のあるリスク評価を助けてくれるでしょう。
「忙しいから無理」はもう終わり!業務効率も高めるリスク管理
ここまでリスク管理の重要性や具体的な取り組みについてお話ししてきましたが、「理想はわかるけど、日々の業務で手一杯…」という声が聞こえてきそうです。確かに、新たな取り組みは一時的に業務負担を増やす側面もあるかもしれません。
しかし、私は、リスク管理の強化と業務効率化は、工夫次第で両立できると信じています。むしろ、適切に設計されたリスク管理システムは、長期的に見れば無駄な作業を減らし、業務の質を高めることにも繋がります。
システムとしての安全管理体制を整える
まず大切なのは、リスク管理を個人の頑張りだけに依存させるのではなく、組織やチーム全体で取り組む「システム」として捉えることです。そのためには、
- 問題が起こる前に防ぐ仕組み(予防システム)
- 万が一問題が起きた際に、その影響を最小限に食い止める仕組み(影響最小化システム)
- 同じ問題が二度と起きないように学ぶ仕組み(再発防止システム)
といった多角的な視点から体制を整え、それをチームメンバー全員が理解し、実践できるような教育やマニュアル整備が重要だと考えます。
毎日の業務をスムーズにする工夫
その上で、日々の業務の中で「これなら続けられる!」という効率化の工夫を取り入れていくことが、継続の鍵となります。私が有効だと考える工夫をいくつかご紹介します。
- 情報共有のスマート化:
- 申し送りは要点を絞り、視覚的なツール(ベッドサイドの注意喚起表示など)も活用して時間短縮を図る。
- 関係職種間で必要な情報がスムーズに伝わるよう、記録方法や連絡ルートを整備する(例:口頭だけでなく、共有しやすいフォーマットの指示箋や連絡ノートの活用)。
- カルテ記入は、チェックシートなどを活用することで、重複記載を減らし、必要な情報が簡潔に記録できるようにする。
- 物品やツールの準備・管理の効率化:
- リスク管理シートや各種評価用紙など、頻繁に使うものは、いつでも誰でも取り出せるように整理・配置しておく。
- 会議や打ち合わせの効率化:
- 定例会議のアジェンダは事前に共有し、情報共有で済む内容は資料配布に切り替えるなど、議論すべきテーマに時間を集中させる。
多職種連携でチーム力を高める
言うまでもなく、リスク管理はリハビリ専門職だけで完結するものではありません。医師、看護師、介護士、栄養士、薬剤師など、様々な専門職がそれぞれの視点から情報を持ち寄り、目標を共有し、連携することで、初めて効果的なリスク管理が実現します。
例えば、患者さんの活動レベルや注意すべき動作に関する情報は、リハビリ職から看護師や介護士へ正確に伝達されなければ、病棟生活での安全は確保できません。職種間のコミュニケーションを密にし、互いの専門性を尊重しながら協力し合う文化を育むことが、チーム全体のリスク対応能力を高める上で不可欠だと、私は強く感じています。
まとめ
今回は、私の経験や考えを基に、医療現場におけるリスク管理の標準化と業務効率化の両立について考察してきました。
- 患者さんの安全と医療の質を高めるために、リスク管理の標準化は非常に重要です。
- まずは「何のためにリスク管理を行うのか」という目的(ビジョン)をチームで明確に共有し、そこから具体的な評価項目や対策に落とし込んでいくことが成功の鍵となります。
- 「忙しいからできない」と諦めるのではなく、業務効率化の視点を持ち、多職種で知恵を出し合うことで、より実用的で効果的なリスク管理体制を築くことが可能です。
リスク管理の取り組みは、一度形作ったら終わり、というものではありません。実際に運用しながら、その効果を検証し、現場の声に耳を傾け、常により良いものへと改善を重ねていく姿勢が大切です。この記事が、皆さんの職場での安全文化の醸成と、より良いケアの実践に向けた小さな一歩となれば、これほど嬉しいことはありません。
健康・医学関連情報の注意喚起
本記事は、職場のリスク管理と業務効率化に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の医学的アドバイスを提供するものではありません。 患者さんの状態に応じたリスク管理や、個別の疾患に関する診断や治療については、必ず医療従事者にご相談ください。