「進行性の病気だと、呼吸も苦しくなっていくの?」そんな不安を抱える筋ジストロフィー患者さんやご家族の方もいらっしゃるかもしれません。
確かに、筋ジストロフィー、特にデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)では、ゆっくりと呼吸に関わる筋力も弱くなっていくことがあります。
しかし、近年の呼吸療法の進歩は目覚ましく、患者さんの生活の質(QOL)を維持し、より豊かな時間を過ごすための様々なサポートが可能になってきました。
こんにちは、理学療法士のPTケイです。
理学療法士として、また心理学や心身健康科学の知識を活かし、皆さんの心と体の健康をサポートする情報を発信しています。
今回は、筋ジストロフィー患者さんの呼吸機能を支える「呼吸療法」について、最新の知見を交えながら、わかりやすく解説していきます。
息苦しさのサインを見逃さない:筋ジストロフィーと呼吸の変化
2006年に日本の三浦利彦医師らが発表した総説「筋ジストロフィーの呼吸療法の効果」では、筋ジストロフィー、特にデュシェンヌ型(DMD)の患者さんにおける呼吸リハビリテーションの重要性が強調されています。
DMDでは、多くの場合10歳頃から徐々に呼吸機能の低下が見られ始めます。
これは、呼吸をするための筋肉(呼吸筋)の力が弱くなることや、成長に伴う背骨の変形(側弯症など)によって胸郭(胸の骨格)が動きにくくなり、肺が膨らみにくくなること(肺・胸郭コンプライアンスの低下)が主な原因です。
こうした状態が続くと、肺の中に分泌物(痰など)がたまりやすくなり、それをうまく外に出す力(咳の力)も弱まってしまいます。
結果として、肺炎などの呼吸器感染症にかかりやすくなったり、一度かかると治りにくくなったりする悪循環に陥ることがあります。
呼吸機能低下のサイン
- 風邪をひくと咳が長引く、痰が切れにくい
- 夜間や早朝に頭痛がする
- 日中に眠気を感じやすい
- 食欲がない、体重が増えない
- なんとなく息苦しさを感じる
これらのサインは、呼吸機能が低下している可能性を示唆しています。早期に医療機関に相談することが大切です。
論文解説:呼吸リハビリテーションがもたらす光
三浦医師らの報告は、これまでの様々な研究や臨床経験をまとめたもので、筋ジストロフィーの呼吸ケアにおける重要なポイントを示しています。
ここでは、その中でも特に知っておきたい「咳の力の維持」と「肺の柔軟性の維持」について詳しく見ていきましょう。
咳の力を評価し、サポートする「最大呼気流速(PCF)」
痰を出すためには、勢いのある咳が必要です。
この咳の強さを示す指標が「最大呼気流速(PCF:Peak Cough Flow)」です。
PCFは、専用の機械(ピークフローメーター)に息を「ハッ!」と吹き込んで測定します。
三浦医師らの論文で引用されている研究によると、PCFの目安として:
- 270 L/min 未満: 風邪などで痰の量が増えたり粘り気が強くなったりすると、自力で痰を出すのが難しくなる可能性があります。
- 160 L/min 未満: 痰の性状にかかわらず、常に痰を出しにくい状態にあると考えられます。
もしPCFが低下していても、適切なサポートで補うことができます。
徒手による咳介助(アシステッドカフ)
自力での咳が弱い場合、ご家族や理学療法士が呼吸のタイミングに合わせて胸やお腹を圧迫することで、咳の勢いを強める方法があります。
これを「徒手による咳介助(アシステッドカフ)」と言います。
さらに、咳をする前に、蘇生バッグ(アンビューバッグなど)や人工呼吸器を使って深く息を吸い込む介助(最大強制吸気量:MICを高める)を行うと、より効果的にPCFを高めることができます。
ある研究では、これらの介助を組み合わせることで、PCFが自力咳嗽の2~5倍に向上したという報告もあります。
筋ジストロフィー担当16施設におけるDMD患者192名を対象とした検討では、肺活量(VC)と自力咳嗽時のPCFには高い相関が見られました。
特にVCが1,000mlを下回る患者さんでは、呼気介助だけではPCFが十分に改善しないケースが多かったと報告されています。
このような場合、次に説明する深吸気療法や器械による咳介助が有効となります。
肺と胸郭の柔軟性を保つ「最大強制吸気量(MIC)」と深吸気療法
効果的な咳をするためには、その前にしっかりと息を吸い込み、肺を大きく膨らませることが重要です。しかし、呼吸筋の力が弱くなると、深く息を吸うことが難しくなり、肺や胸郭の柔軟性(コンプライアンス)が徐々に失われていくことがあります。
そこで重要になるのが「最大強制吸気量(MIC:Maximum Insufflation Capacity)」です。
MICとは、自分自身の吸う力だけでなく、蘇生バッグや人工呼吸器などを使って他動的に肺に空気を送り込んだ時に、最大でどれだけ空気を吸い込めるかを示す量です。
MICを1,500ml以上に保つことが、痰を出すのに有効なPCFを得るために重要とされています。
MICを維持・改善するためには、「深吸気療法(Air Stacking)」が有効です。
これは、蘇生バッグなどで少しずつ空気を肺に送り込み、それをこらえて(スタックして)できるだけ多くの空気を肺に溜め込む訓練です。
筋ジストロフィー担当10施設によるDMD患者63名を対象とした研究では、深吸気療法を2週間行ったところ、MICが平均で23.6%増加し、吸気介助と呼気介助を組み合わせた際のPCF(max PCF)も平均16.2%増加したと報告されています。
さらに、1年後の追跡調査でも、深吸気療法を継続した群は、行わなかった群に比べてMICが良好に保たれていました。
これは、深吸気療法が単に手技に慣れただけでなく、小さな無気肺(肺の一部が虚脱すること)の予防や改善、肺と胸郭の動きやすさの維持に実際に効果があったことを示唆しています。
論文では、肺活量(VC)が1,500mlを下回る頃から、このような深吸気療法を予防的に開始することが望ましいとされています。
それでも痰が出しにくい場合は「器械による咳介助(MAC)」
徒手的な咳介助や深吸気療法を行っても、十分に痰が出せない場合には、「器械による咳介助(MAC:Mechanical Assisted Cough)」という方法があります。これは、「カフマシーン」や「カフアシスト」と呼ばれる専用の器械を使います。
この器械は、マスクを介して強制的に肺に空気を送り込んだ後、急速に陰圧(吸い出す力)をかけることで、非常に強い咳を作り出し、痰を排出しやすくします。徒手的な介助と組み合わせることで、最も強力な非侵襲的な咳介助になると言われています。
ある研究では、気道感染を起こした神経筋疾患の患者さんを対象に、従来の胸部理学療法のみを行ったグループと、MACを併用したグループを比較したところ、MACを併用したグループの方が、気管内挿管(人工呼吸器のために喉に管を入れること)やミニトラキオストミー(首に小さな穴を開けて痰を吸引しやすくする処置)に至った患者さんの割合が有意に低かったと報告されています。 小児の患者さんにおいても、安全かつ有効に使用でき、慢性的な無気肺の改善や肺炎の罹患率を低下させたという報告もあります。
このように、器械による咳介助は、非侵襲的陽圧換気療法(NPPV、後述)と組み合わせることで、気管内挿管を回避したり、生命予後を改善したりする効果が期待されています。
非侵襲的陽圧換気療法(NPPV):快適な呼吸をサポート
呼吸機能の低下が進行し、自力での呼吸が苦しくなってきた場合には、「非侵襲的陽圧換気療法(NPPV:Noninvasive Positive Pressure Ventilation)」が導入されることが一般的です。
これは、鼻マスクや顔マスクを介して、人工呼吸器から圧力をかけた空気を送り込み、呼吸を助ける方法です。
気管を切開する必要がないため、患者さんの負担が少なく、会話や食事も可能です。
NPPVは、夜間の睡眠中から開始されることが多く、呼吸状態の安定、睡眠の質の向上、日中の活動性の維持などが期待できます。三浦医師らの論文でも、DMD患者さんの生命予後がNPPVの普及によって約10年延長し、QOLを維持しながら在宅生活を送る患者さんが増えていると述べられています。
英国の報告では、NPPVを行わない場合の平均寿命が19.29歳であったのに対し、NPPVを行うと25.3歳に改善したというデータも示されています。
NPPVをより長く、より快適に続けるためには、これまでお話ししてきたような咳のケア(PCFの維持・改善)や肺・胸郭の柔軟性を保つケア(MICの維持・改善)が非常に重要になります。
私たちにできること:希望を持って呼吸ケアに取り組む
筋ジストロフィーと共に生きるということは、呼吸機能の変化とも向き合っていくということです。
しかし、この記事でご紹介したように、様々な呼吸ケアの方法があり、それらを適切に組み合わせることで、呼吸状態を良好に保ち、より豊かな日々を送ることが可能です。
患者さん・ご家族の方へ
- 定期的な呼吸機能評価を受けましょう: 肺活量、PCF、MICなどを定期的にチェックし、呼吸状態の変化を早期に把握することが大切です。
- 主治医や理学療法士に相談しましょう: 呼吸に関して不安なことや、日常生活で困っていることがあれば、遠慮なく相談してください。あなたに合った呼吸ケアの方法を一緒に考えてくれます。
- 呼吸リハビリを生活の一部に: 深吸気訓練や咳の練習など、指導されたリハビリテーションは、毎日の習慣として無理なく続けられるように工夫しましょう。
- 体調管理をしっかりと: 風邪やインフルエンザなどの感染症は、呼吸状態を悪化させる大きな原因となります。手洗いやうがい、予防接種などで感染予防を心がけましょう。
- 諦めないでください: 呼吸ケアは、患者さんご本人だけでなく、ご家族、医療スタッフが一丸となって取り組むものです。常に新しい情報に関心を持ち、希望を持って治療に臨むことが大切です。
三浦医師らの論文の最後には、「平均寿命が延びることは、呼吸不全を含めた障害と共に ある現実と向き合う時間が延びたことになる。その中に あって、長期にわたり充実した生活を営むための人間性 や社会性を養う時間や機会を多くもつことができるかに、治療の理念が存在する。」と述べられています。
まさにその通りで、呼吸ケアは単に生命を維持するだけでなく、患者さんがその人らしく、より豊かな人生を送るためのサポートであるべきだと私も考えています。
まとめ:呼吸ケアで未来を拓く
今回は、筋ジストロフィー患者さんのための呼吸療法について、三浦利彦医師らの2006年の総説を参考に解説しました。
- 筋ジストロフィーでは進行性の呼吸機能低下が見られるが、NPPV(非侵襲的陽圧換気療法)の導入により生命予後が大きく改善している。
- 咳の力を示すPCF(最大呼気流速)を維持・改善するために、徒手的な咳介助や器械による咳介助(MAC)が有効である。
- 肺や胸郭の柔軟性を保つMIC(最大強制吸気量)を維持・改善するために、深吸気療法(Air Stacking)が重要であり、早期からの介入が望ましい。
- これらの呼吸リハビリテーションは、NPPVの効果を高め、気管切開への移行を遅らせる可能性があり、QOLの維持に不可欠である。
2006年の報告からさらに年月が経ち、NPPVの機器や呼吸ケアの技術も進化しています。
しかし、ここで示された呼吸リハビリテーションの基本的な考え方や重要性は、今も変わることはありません。
大切なのは、患者さん一人ひとりの状態に合わせた適切な呼吸ケアを、早期から計画的に行っていくことです。そして、医療者だけでなく、患者さんご自身やご家族も呼吸ケアの知識を持ち、積極的に関わっていくことが、より良い未来につながると信じています。
この記事が、筋ジストロフィー患者さんとそのご家族にとって、少しでも希望の光となれば幸いです。
参考文献
- 三浦利彦. 筋ジストロフィーの呼吸療法の効果. IRYO. 2006;60(3):167-172.
- Eagle M, Baudouin SV, Chandler C, et al. Survival in Duchenne muscular dystrophy: improvements in life expectacy since 1967 and the impact of home nocturnal ventilation. Neuromuscul Disord. 2002;12:926-929. (論文中で引用 )
- Bach JR, Ishikawa Y, Kim H. Prevention of pulmonary morbidity for patients with Duchenne muscular dystrophy. Chest. 1997;112:1024-1028. (論文中で引用 )
健康・医学関連情報の注意喚起
本記事は、筋ジストロフィーの呼吸療法に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の医学的アドバイスを提供するものではありません。 筋ジストロフィーなどの診断や治療については、必ず医療従事者にご相談ください。