こんにちは、理学療法士で心理学にも詳しい「PTケイ」です。
進行性の病気と聞くと、多くの方が不安や戸惑いを感じるかもしれません。
特に「筋ジストロフィー」という言葉には、そのようなイメージが強くあるかもしれません。
しかし、現代の医療、とりわけリハビリテーションの分野は日々進歩しており、患者さんとご家族の生活の質(QOL)を支え、希望を持って毎日を過ごすための新たな道筋を照らし続けています。
今日は、筋ジストロフィーのリハビリテーションについて、その全体像と希望の光を示してくれる包括的な論文をご紹介します。
この記事を通して、患者さんやご家族が前向きな一歩を踏み出すためのヒントを見つけていただければ幸いです。
最新論文に学ぶ、筋ジストロフィーリハビリテーションの今
2014年、日本の前野崇氏は、国立精神・神経医療研究センター病院(当時)のリハビリテーション科の専門家として、「筋ジストロフィーのリハビリテーション」と題する総説を発表しました 。
この論文では、特にデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)という、男の子に多く見られる進行性の筋疾患を中心に、リハビリテーションがいかに患者さんの生命予後やQOLの向上に貢献しているか、そしてどのようなアプローチが重要であるかが、具体的な実践例を交えながら詳しく解説されています。
デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)とは?
DMDは、主に男児に発症する遺伝性の疾患で、骨格筋が徐々に変性し壊死することで進行性の筋力低下が起こります 。
かつては、成人する前に歩行が困難になり、20歳前後で呼吸不全や心不全により命を落とすことも少なくないとされていました 。
しかし、ステロイド治療による機能維持、非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)というマスク等を用いた呼吸サポート、心不全への治療、さらには手術、身体理学療法、呼吸理学療法、補装具や車いすの活用といった支持療法の進歩により、現在では生命予後が30歳を超えることも珍しくなくなり、機能維持できる期間も延長しています 。
この論文が示す最も重要なメッセージは、筋ジストロフィーのリハビリテーションが、単に失われた機能を補うだけでなく、将来起こりうる機能低下を「予防」し、患者さん及びご家族の生活全体の質を高めるための「社会的・心理的」なサポートまで含めた、非常に幅広く温かい視点で行われるべきだという点です。
リハビリテーションが拓く、筋ジストロフィー患者さんの可能性
この論文を読むと、筋ジストロフィーのリハビリテーションがいかに多角的で、患者さん一人ひとりの状態やライフステージに合わせてきめ細かく行われているかがよく理解できます。
前野氏の論文では、リハビリテーションの方針を大きく3つの柱で整理しています 。
- 予防的対応: 将来の機能低下を見越した先手のケア
- 代償的対応: 難しくなった機能を補い、活動性を維持する工夫
- 社会的・心理的対応: 患者さんとご家族の心と社会との繋がりをサポート
これらの柱に沿って、具体的なリハビリテーションの内容を見ていきましょう。
予防的対応:未来を見据えた先手のケア
診断を受けた比較的早い段階から、将来的に起こりうる関節の固まり(関節拘縮)や背骨の変形(側弯症)を防ぐための取り組みが始まります 。
- 関節可動域訓練: 下肢の関節(足首、膝、股関節)は早期から固くなりやすい傾向があります 。しかし、痛みを伴うような無理なストレッチは筋や腱を傷つける可能性があり有害です 。ご家族が家庭で行える徒手的な訓練として、例えば足関節をゆっくり反らせる(背屈)訓練では、膝を伸ばした状態で行い、リラックスした状態で優しく行うことが推奨されています 。このような訓練は、血行改善、将来的に車いすでの良い姿勢を保つこと、そして何よりも患者さん自身が「自分の体をケアされることに慣れてもらう」という教育的な効果も期待されます 。歩行が難しくなった後も、この訓練の継続は重要です。
- 補装具を用いた立位・歩行訓練: 下肢の変形予防や脊柱変形の予防には、夜間に装着する短下肢装具(ナイトスプリント)や、起立台と長下肢装具(脚全体を覆う装具)を用いた立位訓練が有効とされています 。論文が引用する研究では、長下肢装具を用いた歩行訓練が変形予防や歩行機能維持に役立つ可能性も示唆されています 。前野氏の病院では、歩行可能な小学生のうちから、起立台と長下肢装具を用いた立位訓練を毎日1日60分以上行うことを推奨しており、その際の姿勢は腰椎を軽度反らせ(前弯)、骨盤を前に傾け、股関節と膝関節をまっすぐ伸ばすことがポイントです。
- 呼吸リハビリテーション: 呼吸機能の低下は、呼吸筋の筋力低下だけでなく、胸郭や脊柱の変形、関節拘縮なども影響します 。幼少期からの正しい姿勢指導による変形予防が重要です 。定期的な呼吸機能検査を行い、例えば肺活量が2,000ml以下、または予測肺活量に対する割合(%VC)が50%以下になった場合は、アンビューバッグ(手動で空気を送り込む器具)を用いたエアスタッキングという訓練を開始します 。これは、最大強制吸気量(MIC)を増やし、肺や胸郭の柔軟性を保つことを目的とします。また、咳をする力(最大呼気流速:PCF)が270L/min以下に低下した場合は、介助者が咳を助ける徒手的咳介助の訓練を行います 。これらの呼吸リハビリテーションは、急激な呼吸機能の悪化を防ぐだけでなく、将来的に非侵襲的人工呼吸器(NPPV)などを安全かつ効果的に使用できるようにするための準備でもあります 。災害時などに備えたバッテリーや簡易吸引器の準備指導も行われます 。
代償的対応:失われた機能を補い、活動性を維持する工夫
病気の進行に伴い、難しくなった機能を補うための様々な工夫が取り入れられます。
- 車いすと座位姿勢の管理: 歩行が難しくなった際には、その人に適合した車いすの導入と、住環境の整備が必要です 。脊柱の側弯は、日常生活動作(ADL)やQOLを低下させるだけでなく、胸郭の変形によって呼吸機能低下にもつながるため、予防が非常に重要です 。手術療法以外では、座位姿勢で腰椎をやや反らせ、骨盤を前に傾けた状態を保つ工夫が推奨されています 。これは、脊柱が丸くなる(後弯)と側弯が進行しやすいという観察に基づいています 。車いす上のクッションや背もたれを調整し、できるだけ良い姿勢を保つことが活動性維持に繋がります 。
- IT機器の活用: DMD患者さんは、体幹に近い部分の筋力低下が強くても、手指の筋力は比較的保たれていることが多いとされます 。そのため、手指を使ったスイッチやジョイスティック操作により、パソコンや情報技術(IT)機器の使用が可能となる場合があります 。論文では、市販のロボットアームを手指で操作し、ペットボトルの水をコップに注いだり、床に落ちた物を拾ったりといった動作が、患者さん自身で可能になった例が紹介されています 。これは、介助者に頼らずに自分でできることが増えるという、大きな満足感に繋がったとのことです 。
- 食事・栄養指導: 適切な栄養管理もリハビリテーションの一環として重要です 。
社会的・心理的対応:心と社会との繋がりを支える
身体的なケアだけでなく、患者さんとご家族の心のケアや社会参加の支援も、リハビリテーションの重要な役割です。
- 情報提供とピアサポート: 患者さんとご家族が、病気の性質や予後、将来必要となるケアや対処法について十分な医学的情報を得ることは、より良い生活を選択するために不可欠です 。また、医療者からだけでなく、同じ病気を持つ患者さん同士やその家族同士で情報を交換したり、悩みを共有したりする「ピアサポート」も非常に重要であると指摘されています 。論文では、病院が支援する筋ジストロフィー患者さんの交流会「MDクラブ」の活動が紹介されており、ゲーム機のバリアフリー化を求める要望書の作成や、インターネットビデオ通話を用いた他病院との交流、就労を目指すグループの設立など、参加者の主体的な活動が行われているそうです 。
- 就労支援: 就労に向けては、インターネットの活用やITサポートセンター、障害者就職面接会などの利用例がありますが、体力や介助の問題から継続して就労できているのは少数であり、今後のさらなる取り組みが必要とされています 。
- 住環境整備と自動車: 電動車いすでの移動や全介助での移乗が多くなるため、住宅は電動車いすの走行やリフトの利用を考慮した構造が望ましいとされます 。段差解消、玄関スロープ、リフト設置、トイレや浴室の拡張など、事前の情報収集と計画的な整備が重要です。また、電動車いすを搭載できるハイルーフの自動車は、通院や遠方への外出に役立ちます 。
- QOL向上のための関わり: QOLで何を重視するかは患者さんによって異なり、公的サービスを利用して一人暮らしを目指すこと、収入を得ること、社会に参加することなどが目標になりえます 。知的障害による学業の遅れや、物理的・情報的なバリアによって、患者さんが教育や就労への意欲を失うこともあるため 、機能障害への支援だけでなく、学校や作業所などの施設支援、そして心理面の支援を通じて、患者さんの動機や希望を積極的な方向へ導くことが望ましいとされています 。
この研究の信頼性について
この論文は「総説」であり、一つの新しい研究結果を報告するものではなく、2014年時点までに発表された様々な研究や臨床経験に基づいて、専門家が筋ジストロフィーのリハビリテーションの全体像をまとめたものです 。そのため、個々のリハビリテーション方法に関する科学的根拠の強さ(エビデンスレベル)は様々ですが、当時の標準的な考え方や実践が網羅されていると言えるでしょう。希少疾患であるため、エビデンスの蓄積には困難があり、今後の評価法の標準化やデータベース化が期待されると述べられています 。
明日からできること:QOLを高めるためのヒント
この論文から、私たちは筋ジストロフィーと共に生きる上で、希望を持ってQOLを高めるための多くのヒントを得ることができます。
- 専門家との早期からの連携を: 診断を受けたら、できるだけ早い段階で理学療法士、作業療法士、医師などの専門家チームに相談し、長期的な視点でのリハビリテーション計画を立てることが最も大切です 。疑問や不安を抱え込まず、積極的に情報を求め、信頼関係を築きましょう。
- 家庭でできることの習慣化を: 専門家から指導された関節可動域訓練や姿勢の工夫などを、日常生活の中に無理なく取り入れ、習慣化しましょう 。ただし、前述の通り、痛みを伴うような無理なストレッチは禁物です 。
- 情報を力に、仲間と繋がりましょう: 疾患に関する正確な情報を得る努力を続け、患者会やピアサポートグループに参加して、同じ悩みを持つ仲間と繋がり、有益な情報を交換したり、精神的な支えを得たりすることも有効です 。
- テクノロジーを味方につけましょう: IT機器やロボット技術は、身体的なハンディキャップを補い、可能性を広げてくれる強力なツールです 。専門家と相談しながら、積極的に活用を検討してみましょう。
- 住環境や移動手段の計画的な整備を: 将来を見据えて、電動車いすでの移動やリフトの使用などを考慮した住宅改修や、福祉車両の導入などを計画的に進めることもQOL維持に繋がります 。
- 家族内でのコミュニケーションを大切に: 患者さんとご家族(特に介護者)の間で、病気に対する認識が異なっていたり、介護者のQOLが低下しやすいという報告もあります 。日頃からのコミュニケーションでお互いの気持ちを理解し合い、サポートし合うことが何よりも重要です。
- スポーツや余暇活動への参加も検討を: 筋力増強を目的とした過度な運動(特に抵抗運動や遠心性筋収縮を伴うもの)は、筋損傷のリスクがあるため推奨されませんが 、楽しみとしてのスポーツ活動はQOL向上に繋がります。論文では、電動車いすを用いたホッケーやサッカーなどが紹介されており、心拍数や血圧の変化に注意し、休憩や水分補給、気温への配慮などを行いながら参加することが勧められています 。学校行事などへの参加も、教育的な観点から大切です。必ず主治医や理学療法士とよく相談し、安全に楽しめる方法を見つけましょう。
まとめ
筋ジストロフィーのリハビリテーションは、単に身体機能の維持・改善を目指すだけでなく、患者さんとご家族が直面する様々な課題に対し、予防的、代償的、そして社会的・心理的な側面から包括的にアプローチし、その人らしい豊かな生活、すなわちQOL(生活の質)を高めることを最大の目標としています。
2014年の前野氏の論文は、当時の知見に基づきながらも、その普遍的な重要性を示唆しています 。
医療技術は日々進歩していますが、早期からの適切な介入、多職種の専門家チームによる連携、そして何よりも患者さんとご家族の希望を支え続けるというリハビリテーションの核心は変わりません。
進行性の疾患であっても、諦めることなく、利用できる制度や支援、最新のテクノロジーも活用しながら、主体的にリハビリテーションに関わっていくことが、より良い未来を切り拓く力となるでしょう。
参考文献
- 前野 崇. 筋ジストロフィーのリハビリテーション. 脳と発達. 2014;46:94-97.
健康・医学関連情報の注意喚起
本記事は、筋ジストロフィーのリハビリテーションに関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の医学的アドバイスを提供するものではありません。 筋ジストロフィーなどの診断や治療については、必ず医療従事者にご相談ください。