こんにちは!プロのブロガーで理学療法士、そして心理学にも詳しいPTケイです。
皆さんは、ご自身の「心と体の調和」を意識したことはありますか?
実はこの「心身の融和感」が、超高齢社会を生きる私たちにとって、フレイル予防や心の安定に非常に重要な役割を果たす可能性が、最新の研究で示唆されているんです。
今回は、特に65歳から74歳の「前期高齢者」の方々にとって見逃せない、心と体のつながりに関する興味深い論文をご紹介し、その内容を深掘りしていきます。
フレイルという言葉を最近よく耳にするけれど、具体的にどうすれば良いの?経済的なことや家族との関係も気になるけど、もっと根本的なことはないの?そんな疑問をお持ちの方に、新しい視点をご提供できれば幸いです。
「心身の融和感」とは?注目される新たな健康の視点
今回ご紹介するのは、上倉安代先生と益子洋人先生による日本の研究論文「前期高齢者における心身の融和感,心理社会的要因と, フレイルおよび心理的諸側面の関連」(高齢者のケアと行動科学 2024年発行)です。
この研究では、65歳から74歳の前期高齢者500名(男女各250名)を対象に、インターネットを通じて大規模な調査が行われました(調査実施時期:2021年2月)。 研究の大きな目的は、私たちが日々感じる「心と体がしっくりきている感覚」、専門的には「心身の融和感」と、フレイル(虚弱)、そしてネガティブな感情や生きがいといった心理的な側面がどう関連しているのかを探ることでした。
フレイルとは? なぜ心身の融和感が大切なのか
まず「フレイル」について簡単におさらいしましょう。
フレイルとは、健康な状態と介護が必要な状態の中間に位置し、身体的、精神心理的、社会的な側面を含む多面的な「虚弱」を指します。
適切な介入によって健康な状態に戻ることも可能とされており、予防が非常に重要です。
これまでフレイルの要因としては、年齢や性別、収入、家族構成といった「心理社会的要因」が注目されてきました。 しかし、本研究では、そうした外部環境だけでなく、個人の内的な感覚である「心身の融和感」や「主観的な健康感(自分は健康だと感じる感覚)」が、実はもっと深く関わっているのではないか、という点に着目しています。
「心身の融和感」とは、単に病気がないというだけでなく、「自分の身体や心が自分のものであるという確かな感覚」や「心と体がリラックスし、調和している感覚」、「主体的に動けている安定した感覚」などを指す、より包括的な概念です。
研究者らは、この感覚こそが高齢者の心身の健康を支える鍵になるかもしれないと考えたのです。
論文解説で見えてきた!心身の融和感と健康の深い絆
この研究では、様々な質問紙調査を用いて、参加者のフレイルの度合い(基本チェックリストを使用)、ネガティブな感情(抑うつ・不安、怒り、無気力など)、生きがい意識、そして物事の捉え方(内的統制傾向:自分の行動が結果につながると感じる度合い)などが測定されました。
そして、これらのデータと「心身の融和感」(この研究では特に「心身の安定感」と「自己存在の実感」という2つの要素で評価)、「主観的健康感」、そして前述の「心理社会的要因」との関連性が統計的に詳しく分析されました(重回帰分析を使用)。
「心身の安定感」と「自己存在の実感」が高いほどフレイル度が低い!
驚くべきことに、分析の結果、フレイルの度合いと最も強く関連していたのは、「心理社会的要因」よりも「主観的健康感」と「心身の融和感の2つの因子」だったのです。
具体的には、
- 主観的に「自分は健康だ」と感じている人ほど、フレイルの度合いが低い(β=−0.32)
- 「心身の安定感」(リラックス感や身体の安定など)が高い人ほど、フレイルの度合いが低い(β=−0.32)
- 「自己存在の実感」(自分が確かにここにいる、心と体が連動している感覚など)が高い人ほど、フレイルの度合いが低い(β=−.24)
という、明確な負の関連(数値がマイナスで大きいほど、一方が高いともう一方が低い関係が強い)が示されました。
一方で、世帯年収(β=−0.10)や配偶者の有無(β=−0.08)といった心理社会的要因もフレイルとの関連は見られましたが、主観的健康感や心身の融和感ほど強いものではありませんでした。
これは、経済状況や家族構成ももちろん大切ですが、それ以上に自分自身の心と体の状態をどう感じているか、という内的な感覚がフレイル予防に大きく影響する可能性を示唆しています。
心の安定や生きがいにも「心身の融和感」が深く関与
さらに、この「心身の融和感」は、私たちの心の状態にも深く関わっていることが明らかになりました。
- ネガティブな感情: 「自己存在の実感」が高い人ほど、抑うつ・不安(β=−0.44)、敵意・怒り(β=−0.38)、無気力(β=−0.46)といったネガティブな感情が低いという、非常に強い負の関連が見られました。 「心身の安定感」も同様にネガティブ感情が低いことと強く関連していました(β=−0.19~−0.23)。 つまり、心と体が調和し、自分が確かに存在しているという感覚は、精神的な落ち込みやイライラ、やる気の低下を防ぐ上で非常に重要だと言えます。
- 生きがい意識: 「心身の安定感」が高い人ほど、「生活・人生に対する楽天的な感情」(β=0.47)、「未来に対する積極的な姿勢」(β=0.45)、「自己存在の意味の肯定」(β=0.40)といった生きがい意識の全ての側面が高いという、強い正の関連が示されました。 「自己存在の実感」も同様に生きがい意識を高める方向に関連していました(β=0.15~0.24)。 心身が満たされている感覚は、日々の生活に喜びや目的意識をもたらしてくれるのですね。
- 内的統制傾向: 「心身の安定感」(β=0.33)や「自己存在の実感」(β=0.26)が高い人ほど、「自分の人生は自分でコントロールできる」と感じる内的統制傾向が高いことも分かりました。 これは、主体的に人生を切り開いていく力にもつながる重要な感覚です。
これらの結果から、「心身の融和感」は、単に体が元気というだけでなく、心の安定、生きがい、そして自己肯定感といった、私たちがより良く生きていくための幅広い心理的側面にプラスの影響を与える可能性が強く示唆されたのです。
研究の注意点:知っておくべきこと
ただし、この研究は「横断研究」という一時点での状態を調査したものです。 そのため、「心身の融和感が高いからフレイルになりにくい」のか、「フレイルでないから心身の融和感が高い」のか、といった原因と結果の方向性(因果関係)までは断定できません。 また、対象者がインターネット調査に回答できる比較的活動的な前期高齢者であった点や、コロナ禍でのデータ収集であった点も考慮に入れる必要があります。
とはいえ、これらの点を差し引いても、これまであまり光が当てられてこなかった「心身の融和感」という内的な感覚が、フレイルや心理的健康とこれほど強く関連しているという発見は、非常に画期的と言えるでしょう。
日常生活で「心身の融和感」を高めるには?今日からできること
では、どうすればこの大切な「心身の融和感」を高めることができるのでしょうか?
論文では、具体的な介入方法までは検証されていませんが、いくつかのヒントが示されています。
その一つが「臨床動作法」の活用です。 臨床動作法とは、特定の体の動かし方(動作)を通じて、心と体の状態に変化をもたらす心理療法の一つです。
論文の考察部分では、先行研究において臨床動作法が、高齢者の主体性や意欲の向上、不安の軽減、さらには心身の融和感を高める効果が示されていることに触れています。
例えば、
- 自分の体の感覚に意識を向ける: 肩の力を抜いてみる、ゆっくりと深呼吸をしてみる、足の裏が地面に触れている感覚を味わうなど、日常のふとした瞬間に自分の体の状態に注意を払うことから始めてみましょう。
- リラックスできる時間を持つ: 音楽を聴く、温かいお風呂に入る、自然の中で過ごすなど、自分が心地よいと感じる活動を取り入れ、心身の緊張を和らげることが大切です。
- 「自分はここにいる」という実感: 趣味に没頭する、誰かと心を通わせる会話をする、何かを成し遂げた達成感を味わうなど、「自己存在の実感」につながる体験を意識的に増やしてみるのも良いかもしれません。
- 適度な運動: ウォーキングやストレッチなど、体に過度な負担をかけずに、心地よさを感じられる程度の運動は、身体的な安定感だけでなく、心のリフレッシュにもつながります。論文では、ラジオ体操と比較して臨床動作法が心理的適応により良い影響を与えたという研究も紹介されています。 これは、単に体を動かすだけでなく、その動きに伴う感覚や心の状態を意識することが重要であることを示唆しているのかもしれません。
大切なのは、自分自身の内なる声に耳を傾け、心と体が「しっくりくる」状態を意識的に作っていくことだと、PTケイは考えます。経済状況や社会的な立場など、すぐには変えられないこともありますが、自分自身の内的な感覚は、日々のちょっとした工夫や心がけで変えていける可能性があるのです。
まとめ:心と体の声に耳を澄ませ、健やかな毎日を
今回の研究は、前期高齢者のフレイル予防や心理的な安定には、年齢や収入、家族構成といった「心理社会的要因」だけでなく、むしろそれ以上に「主観的な健康感」と「心身の融和感(心身の安定感と自己存在の実感)」が重要である可能性を力強く示しました。
心と体が調和し、安定していて、自分が確かにここに存在しているという感覚。この「心身の融和感」こそが、変化の多い現代社会において、私たちが心身ともに健やかに、そして自分らしく生きていくための、揺るぎない土台となるのかもしれません。
日々の忙しさの中で、つい自分のことは後回しになりがちですが、少し立ち止まって、ご自身の心と体の声に耳を澄ませてみませんか?そこに、フレイルを遠ざけ、より豊かな人生を送るためのヒントが隠されているかもしれません。
参考文献:
- 上倉安代, 益子洋人. 前期高齢者における心身の融和感,心理社会的要因と, フレイルおよび心理的諸側面の関連. 高齢者のケアと行動科学. 2024;29:30-43.
健康・医学関連情報の注意喚起
本記事は、フレイル予防と心理社会的側面に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の医学的アドバイスを提供するものではありません。 フレイルやうつ症状などの診断や治療については、必ず医療従事者にご相談ください。