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ALSと共に生きるためのリハビリ‐6つのターニングポイントとリハビリ専門職の役割‐

ALSと共に生きるためのリハビリ‐6つのターニングポイントとリハビリ専門職の役割‐
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皆さんこんにちは!心と身体の健康を科学する理学療法士のPTケイです。

「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」という病名を聞いて、ご自身やご家族のこれからに大きな不安を感じている方もいらっしゃるかもしれません 。ALSは、身体を動かす神経が少しずつ働きにくくなる進行性の病気です

「リハビリをしても、どうせ進行するなら意味がないのでは…」と感じる方もいるかもしれません。

しかし、ALSにおけるリハビリテーションは、単に筋力を鍛えるだけではありません。

病気の進行と向き合いながら、その人らしい生活をできるだけ長く、そして豊かに続けていくための、非常に重要な「支え」となるのです 。

今回は、ALSのリハビリテーションについて、信頼性の高い医学論文を基に、特に知っておくべき「ターニングポイント」ごとの関わり方について、専門家の視点から分かりやすく解説していきます。

目次

ALSリハビリの鍵は「6つのターニングポイント」

2016年に日本の日野創氏が発表した総説「筋萎縮性側索硬化症に対するリハビリテーション」では、ALS患者さんへのリハビリは、病状の進行が多様であるため、個々の状態に合わせた多職種連携によるアプローチが不可欠だと報告されています 。

この研究で特に重要なのは、ALSの長い経過の中には、対応が特に重要になるいくつかの「ターニングポイント」が存在すると指摘している点です 。

リハビリ専門職は、これらの転機を見据えながら、患者さんとご家族をサポートしていきます 。

ターニングポイント1:診断告知の前後

診断がついたばかりの時期や、その前の段階では、多くの方が精神的に大きなショックを受け、自暴自棄になったり、うつ的な状態になったりすることがあります

  • 理学療法士の役割 この時期は、ハードな運動は禁物です。ALSには、運動のしすぎでかえって筋力が低下してしまう「過用性筋力低下(Overwork weakness)」という特徴があります 。筋肉の痛みや強い疲労感があるときは、むしろ安静が必要です 。私たち専門家は、安全で適切な運動量を指導し、転倒予防などの生活アドバイスを行います 。
  • 精神的なサポート 何より大切なのは、心のケアです。不安を煽るようなことはせず、患者さんやご家族の気持ちに寄り添い、今後の生活でどのようなサービスが利用できるかといった情報を提供しながら、チームで支えていくことが重要になります 。

ターニングポイント2:症状が目に見えて進む時期

手足の動きにくさや話しにくさなどが、急速に進行することがあります 。これまで自分でできていたことが難しくなり、生活の質(QOL)が大きく変化しやすい時期です

  • 理学療法士の役割 関節が硬くなる(拘縮)のを防いだり、呼吸機能を維持したりするためのストレッチや運動療法が中心となります 。また、手すりの設置や福祉用具の導入など、ご自宅の環境を安全に整え、介助者の負担を減らすためのアドバイスも行います 。
  • 作業療法士の役割 この時期、特に重要になるのがコミュニケーション手段の確保です 。作業療法士は、病状の進行を予測しながら、まだ指が動くうちから使えるパソコンのスイッチや、視線で文字を入力する「重度障害者用意思伝達装置」などの導入を計画・支援します 。コミュニケーションは、単に用事を伝えるだけでなく、感情や想いを共有し、社会とつながるための命綱です 。

ターニングポイント3:呼吸が苦しくなる時期

呼吸に関わる筋肉が弱くなると、息切れなどの症状が現れます 。風邪や誤嚥(ごえん:食べ物などが誤って気管に入ること)をきっかけに、呼吸状態が急激に悪化することもあります

  • 専門家チームの役割 この時期には、人工呼吸器を使うかどうかの決断が迫られます 。鼻マスクタイプの非侵襲的なもの(NPPV)から、気管切開を伴うもの(TPPV)まで、選択肢は様々です 。医師や看護師、リハビリ専門職、ソーシャルワーカーなどがチームとなり、それぞれの方法のメリット・デメリットを丁寧に説明し、患者さんとご家族の苦渋の選択を支えます 。

ターニングポイント4:手術(胃ろう・気管切開)の時期

食事を口から摂ることが難しくなった場合の胃ろう造設や、呼吸管理のための気管切開など、外科的な処置が必要になることがあります

  • 理学療法士の役割 手術後は、安静期間や手術そのものによる体力低下、病気の進行などが重なり、一時的に身体機能(ADL)が大きく低下することが少なくありません 。特に気管切開後は、呼吸器の管の違和感などから、身体を動かすことに消極的になる方もいます 。主治医と連携し、できるだけ早く、安全な範囲でリハビリを再開することが、その後の生活の質を左右します 。

ターニングポイント5:人工呼吸器(TPPV)で安定した時期

気管切開下陽圧換気(TPPV)によって呼吸が安定すると、長く安定した療養生活を送ることが可能になります

  • 多職種の役割 この時期は、合併症や事故に注意が必要です 。例えば、身体がまだ少し動かせる患者さんの場合、寝返りなどで呼吸器の回路が外れてしまう事故が起こり得ます 。在宅療養では、ご家族を含めた介護体制の構築や、福祉サービスの活用が不可欠です 。私たちリハビリ専門職も、関節の痛みの緩和や、残された機能を最大限に活かしてQOLを高めるための支援を続けます 。

ターニングポイント6:終末期

人生の最終段階においても、リハビリテーションは重要な役割を果たします

  • リハビリ専門職の役割 この時期の目標は、治療ではなく「寄り添う」ケアです 。関節の痛み、身の置きどころのない不快感、呼吸の苦しさなどを少しでも和らげるためのポジショニング(安楽な姿勢の工夫)や、穏やかなマッサージなどを行います 。最期の時まで、その人らしさや楽しみを支えることが、私たちの使命です 。

チームで支えるリハビリ専門職:それぞれの役割とは?

ALSのリハビリは、理学療法士(PT)、作業療法士(OT)、言語聴覚士(ST)がそれぞれの専門性を活かし、連携しながら進めていきます 。ここでは、それぞれの職種がどのような役割を担うのかを具体的にご紹介します。

理学療法士(PT)の役割:動くこと・呼吸することの専門家

理学療法士は、身体の基本的な動作や呼吸機能の維持・改善をサポートします。

  • 適切な運動量の調整:ALSには、運動のしすぎでかえって筋力が低下する「過用性筋力低下(Overwork weakness)」という注意点があります 。筋肉の痛みやこわばり、疲労感があるときは、むしろ安静期間を設けるなど、その時の状態に合わせた運動量の見極めが非常に重要です 。
  • 合併症の予防:関節が硬くなる「拘縮」や、呼吸機能の低下による「肺炎」などを予防するため、関節のストレッチや胸郭(胸まわり)の柔軟性を保つ運動を行います 。
  • 苦痛の緩和:身体の痛みや呼吸の苦しさといった、患者さんが感じる苦痛を少しでも和らげるためのアプローチも大切な役割です 。
  • ADL(日常生活動作)とQOL(生活の質)の維持:歩行の補助や車椅子での移動、安全な生活環境の提案などを通して、日常生活の質を支えます 。

作業療法士(OT)の役割:生活を創る・社会と繋がる専門家

作業療法士は、食事や着替えといった日常生活から、趣味や仕事、コミュニケーションまで、その人らしい「作業(生活行為)」全般を支援します

  • コミュニケーション手段の確保:ALSの支援において極めて重要な役割です 。進行を予測し、まだ身体が動く段階から、意思伝達装置(スイッチや視線入力PCなど)の導入を計画します 。制度を利用して装置を入手するには1〜2ヶ月かかることもあるため、先を見越した準備が不可欠です 。コミュニケーションは、単に要求を「伝える」だけでなく、感情や考えを「共有する」という大切な側面を持っています 。
  • ADLの維持と工夫:着替えやすい服の工夫や、使いやすい食器の選定、IT機器(タブレットなど)の活用方法など、残された機能を最大限に活かして、できる限り自分で生活を営めるようサポートします 。
  • 近未来の予測:入院中だけでなく在宅での生活も見据え、患者さんの少し先の未来を予測しながら、必要な支援を計画的に行います 。

言語聴覚士(ST)の役割:話すこと・食べることの専門家

言語聴覚士は、コミュニケーションのもう一つの柱である「発話」と、生命と喜びに直結する「摂食嚥下(食べること)」を専門的にサポートします

  • 発話障害への対応:ALSの発話障害は、麻痺の種類が混在する「混合型の運動障害性構音障害」に分類されます 。進行に合わせて早期に介入し、コミュニケーションを支えるための評価と訓練、代替手段の提案を行います 。
  • 摂食・嚥下障害への対応:ALSの嚥下障害は、飲み込みに関わる筋力の低下と呼吸機能の低下が複雑に影響します 。患者さんの「むせる」「飲み込みにくい」といった自覚症状は信頼性が高いため、それを参考に、安全に食べられる食事形態や調理法、食べる姿勢などを具体的に助言します 。
  • 「食べたい」気持ちを支える:誤嚥性肺炎は呼吸状態を急激に悪化させるリスクがあるため、その予防は非常に重要です 。安全性を確保しながら、患者さんの「食べたい」という気持ちをできるだけ長く支えることが、言語聴覚士の大きな役割です 。TPPV(気管切開下陽圧換気)装着後でも、適切な評価のもとで経口摂取を再開できる場合があります 。

あなたとご家族が今、知っておきたい3つのこと

この論文から、ALSと共に生きる上で私たちが日頃からできること、そして相談すべきことのヒントが見えてきます。

1. 運動は「頑張りすぎない」が鉄則

前述の通り、ALSには過用性筋力低下(Overwork weakness)のリスクがあります 。筋肉痛や強い疲労感を感じたら、それは「休んで」という身体からのサインです 。焦る気持ちは痛いほど分かりますが、勇気をもって休み、理学療法士などの専門家と適切な運動量について相談してください。

2. 「伝えたい」を守るための準備

発話に少しでも変化を感じたら、早めに言語聴覚士や作業療法士に相談しましょう 。最近では、まだ声が出るうちに自分の声を録音しておき、いざという時にその声で文章を読み上げさせることができる「マイボイス」というシステムもあります 。自分の声で想いを伝え続けられることは、大きな希望になります

3. 「食べたい」を支える専門家の力

嚥下(えんげ:飲み込み)障害は、誤嚥性肺炎を引き起こし、呼吸状態を悪化させる危険があります 。しかし、食べることは生きる上での大きな喜びです。患者さんの「食べたい」という気持ちを支えるため、言語聴覚士は、飲み込みの機能を正確に評価し、安全な食事の形態や食べ方、姿勢などをアドバイスします 。むせやすくなったと感じたら、決して放置せず、専門家に相談しましょう。

まとめ

今回は、ALSのリハビリテーションについて、特に重要な「ターニングポイント」という視点から解説しました。

  • ALSのリハビリは、病気の進行段階や個々の状態に合わせた、きめ細やかな対応が求められます 。
  • 理学療法士・作業療法士・言語聴覚士は、それぞれの専門性を活かし、身体・生活・コミュニケーション・食事といった多角的な視点から患者さんを支えます 。
  • 重要なのは、一人で抱え込まず、早い段階から多職種の専門家チームに相談し、先を見越した支援を受けることです 。

もしあなたやご家族の方がALSと診断され、先の見えない不安の中にいるのなら、どうか一人で抱え込まないでください。

あなたの周りには、医師、看護師、そして私たち理学療法士・作業療法士・言語聴覚士といった、たくさんの専門家がいます。共に考え、支え、あなたらしい人生を歩んでいくための力になりたいと願っています。


参考文献

日野 創 (2016). 筋萎縮性側索硬化症に対するリハビリテーション. The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine, 53(7), 529-533.

健康・医学関連情報の注意喚起

本記事は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の医学的アドバイスを提供するものではありません。筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの診断や治療については、必ず医療従事者にご相談ください。

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