こんにちは。心と体の健康を科学する理学療法士、PTケイです。
大切なご家族が筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断され、在宅での介護が始まる中で、多くのご家族が「リハビリ」について様々な思いを巡らせていることと思います。
「少しでも進行を緩やかにするために、リハビリは続けた方がいいはず」 「でも、本人はつらそうにしている…本当にこのままでいいのだろうか?」
そんな期待と不安の間で、悩んでいらっしゃる方も少なくないでしょう。
今回は、ある日本の研究報告をもとに、ご本人にとって本当に必要な支援とは何か、そしてご家族として何ができるのかを、一緒に考えていきたいと思います。
「みんなと同じ」でなくていい。ご本人に合わせた支援が大切
まず知っていただきたいのは、ALSの在宅療養では「これをすれば必ず良くなる」という画一的な正解はない、ということです。
そのことを、ある日本の研究が教えてくれています。
2009年に早乙女郁子氏らが発表したこの研究では、在宅療養中のALS患者様7名を対象に、どのようなリハビリや医療が提供されているかを詳しく調査しました 。
この研究から見えてきた最も大切なことは、「必要な支援は、ご本人の身体の状態、ご家族の介護力、使える公的サービス、そして病気との向き合い方によって、一人ひとり全く違う」ということでした 。
つまり、ご本人の状態や気持ち、そしてご家族の介護の状況に合わせて、支援の形を柔軟に「オーダーメイド」していく必要があるのです。
論文解説から見える、ご家族が知っておきたい支援の選択肢
この研究をさらに詳しく見ていくと、ご家族が支援のあり方を考える上で、非常に重要なヒントが見つかります。
選択肢1:機能回復だけではない、「心地よさ」という視点
研究の中で注目すべきは、理学療法士などによるリハビリよりも、あん摩マッサージ指圧師による施術を希望された方がいた点です 。
その理由は「精神的に楽だから」というものでした 。
ご家族としては、「機能訓練の方が効果があるのでは?」と考えてしまうかもしれません。
しかし、ご本人にとっては、体の機能を維持することと同じくらい、あるいはそれ以上に、心の安らぎや体の心地よさが大切な場合があります 。
中には「他人に体を触られること自体が苦痛」と感じ、リハビリが思うように進まないケースもありました 。
ご本人が「楽だ」「気持ちいい」と感じる時間を大切にすることも、素晴らしい支援の一つなのです。
選択肢2:生活の中の「具体的な目標」に寄り添う
ALSは進行性の疾患であり、日常生活での動作(ADL)は時間とともに変化していきます。
この研究でも、初診時から最終評価時までに、多くの方の日常生活動作が「ほぼ全介助」の状態まで変化したことが報告されています 。
このような状況では、リハビリの目標も変わってきます。
例えば、「歩く練習」から、「車椅子で外出するために、安全な乗り移りの方法を家族が学びたい」「目で意志を伝えるためのコミュニケーション機器の調整を手伝ってほしい」といった、より具体的で生活に根差した目標へとシフトしていきます。
ご本人の「〜したい」という希望を叶えるための手段として、リハビリ専門職の力を借りるという考え方です。
選択肢3:介護サービス全体で支える
ご家族が直面する現実的な問題として、公的な介護サービスの利用限度額があります。
研究では、独り暮らしの患者様の場合、食事や排泄といった生命維持に直結するヘルパーサービスで利用枠がいっぱいになり、リハビリ専門職の訪問まで手が回らない実情も報告されました 。
このような場合は、訪問看護師が日々の健康チェックと合わせて関節を動かすなど、リハビリの役割の一部を担うこともあります 。
ご家族だけで抱え込まず、ケアマネージャーなどの専門家と相談しながら、利用できるサービスを最大限に活用し、チーム全体で支えていくことが重要です。
ご本人にとっての最善を「家族として」見つけるための3つのヒント
では、ご家族として、どのようにご本人に寄り添い、最善の支援を見つけていけばよいのでしょうか。
1. ご本人の「したいこと」を一緒に探す
介護をしていると、つい「〜させなければ」という視点になりがちです。
しかし、少し立ち止まって、ご本人の小さな「したい」に耳を傾けてみてください。
「ベッドから見える景色を変えたい」「好きだった音楽が聴きたい」「家族と目を見て話したい」。
そうしたご本人のささやかな願いが、支援の出発点になります。
その願いを叶えるためにどんなサポートが必要か、ぜひケアチームに相談してみてください。
2. ご本人の「言えない気持ち」を汲み取る
ご本人は、ご家族に心配をかけたくないという思いから、つらさや苦痛を我慢してしまうことがあります。
研究でも、ご本人が話題をそらすなど、拒否的な反応を示す場面がありました 。
ご家族だからこそ気づける、表情の曇りや些細な態度の変化があるはずです。
「リハビリ、本当はつらくない?」「今日は休んでもいいんだよ」と、ご家族から声をかけることで、ご本人が本音を話しやすくなるかもしれません。
ご本人の気持ちを代弁して、支援チームとの架け橋になることも、ご家族の大切な役割です。
3. ご家族自身も、一人で抱え込まない
ALSの介護は長期にわたり、ご家族の心身の負担は計り知れません。
この研究でも、家族や多職種との連携が不可欠であると結論づけられています 。
主治医、訪問看護師、療法士、ケアマネージャー、ヘルパーは、皆さんの味方です。
介護の悩みやご自身のつらさも、遠慮なく相談してください。
ご家族が心身ともに健康でいることが、結果的にご本人を支える力になります。
まとめ
今回は、ALS患者様の在宅リハビリについて、ご家族の視点から論文を読み解きました。
- ALSの在宅支援に、決まった正解はありません。ご本人の状態や気持ち、ご家族の状況に合わせた「オーダーメイドの支援」が大切です 。
- リハビリの目的は機能回復だけではありません。ご本人の「心地よさ」や「生活の中の具体的な希望」を叶えるための多様な選択肢があります 。
- ご家族だけで抱え込まず、ケアチーム全体を頼ってください。ご本人の気持ちに寄り添い、チームとの架け橋となることが、ご家族にできる素晴らしい支援の一つです 。
「リハビリをさせなければ」というプレッシャーから、少しだけ心を解放してあげてください。
大切なのは、ご本人がその人らしく、穏やかな時間を過ごせること。
そして、介護をするご家族自身が、笑顔でいられる時間を少しでも多く持つことです。
参考文献
[1] 早乙女郁子, 加勢田美恵子, 神谷貴子. 在宅筋萎縮性側索硬化症患者に対する訪問診療とリハビリテーションの関わりについて. Jpn J Rehabil Med 2009; 46: 52-57.
健康・医学関連情報の注意喚起
本記事は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の在宅療養に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の医学的アドバイスを提供するものではありません。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの診断や治療については、必ず医療従事者にご相談ください。