2025年1月23日~ブログを一時的に閉鎖、5月18日より順次記事を更新していきます。ご迷惑をおかけしておりますがよろしくお願いしたします。

【理学療法士が解説】あなたの足元は大丈夫?フレイルとバランス能力の深い関係

  • URLをコピーしました!

「なんだか最近、何もないところでつまずきやすくなった…」 「前はスタスタ歩けたのに、今はすぐに疲れてしまって、外出が億劫だわ…」 「椅子から立ち上がる時に『よっこいしょ』が口癖になってしまったな…」

年齢を重ねるにつれて、このような身体の変化を感じていませんか? それは単なる「歳のせい」と片付けてはいけない、大切なサインかもしれません。実はその裏には、「フレイル」という心身の活力が低下した状態と、それを引き起こす可能性のある「バランス能力の低下」が隠れていることがあるのです。

こんにちは。理学療法士のPTケイです。私自身、いくつかの病気と付き合いながら、日々患者さんのリハビリテーションに携わっています。病気や加齢によって体力が落ちた時の不安やつらさは、身をもって経験してきました。だからこそ、科学的根拠に基づいた正しい情報で、皆さんの健康な毎日を少しでもサポートしたいと心から願っています。

今回の記事は、

  • 最近、体の衰えを感じ始めた高齢の方
  • 親の健康が心配なご家族の方
  • 将来のために、今から健康寿命を延ばす知識を身につけたい方

に向けて、最新の研究で明らかになってきた「フレイル」と「バランス能力」の密接な関係について、どこよりも分かりやすく、そして詳しく解説していきます。この記事を読み終える頃には、ご自身の体の状態を正しく理解し、今日から何をすべきかが見えてくるはずです。一緒に、100年時代を元気に歩き続けるための知識を学びましょう。

目次

研究紹介:バランス能力の低下は「フレイル」の危険なサインだった

いきなりですが、皆さんは「バランス能力」と聞いて、どんなことを思い浮かべますか?「片足でどのくらい立っていられるか」といった、いわゆる”ふらつき”にくさ、転倒しにくさをイメージする方が多いかもしれません。もちろんそれも正解です。

しかし、近年の研究で、このバランス能力の低下が、単に転倒リスクを高めるだけでなく、「フレイル」という、より深刻な心身の虚弱状態と深く関わっている可能性が指摘され始めています。

2022年、日本の徳島大学大学院や九州大学の研究者らは、高齢者におけるバランス機能と身体的フレイルとの関連について、これまでの研究を網羅的に調査した論文を発表しました。その結果、バランス能力とフレイルの関連を詳しく調べた研究はまだ十分ではないものの、両者に関連があることを示す報告が複数あり、特にフレイルが進んだ人ほど、じっと立っている時のバランス能力が低い傾向にあることを報告しました。

この研究が教えてくれるのは、「最近ふらつくなぁ」という小さな感覚の変化が、実は気づかぬうちに進行しているかもしれないフレイルの重要なサインかもしれない、ということです。

では、なぜバランス能力の低下がフレイルに繋がるのでしょうか? それは、恐ろしい「負のサイクル」を生み出してしまうからです。

  1. バランス能力が低下する
  2. 転倒への恐怖心が生まれる、実際にふらついてヒヤッとする
  3. 外出を控え、動くのが億劫になる (→ ⑤活動量低下)
  4. 活動量が減ることで、足腰の筋力がどんどん衰える (→ ②筋力低下)
  5. 体を動かさないので食欲が湧かず、食事量が減る (→ ①体重減少)
  6. 筋力もエネルギーも不足し、常に疲れやすくなる (→ ③疲労)
  7. 歩くスピードも自然と遅くなる (→ ④歩行速度低下)

お気づきでしょうか。バランス能力の低下をきっかけに、フレイルを構成する5つの要素(後ほど詳しく解説します)がドミノ倒しのように連鎖して、心身の活力を奪っていくのです。

だからこそ、私たちは「年のせい」で済ませずに、フレイルの正体と、その入り口となりうるバランス能力について、正しく理解しておく必要があります。

論文解説でわかったこと

この画期的な論文レビューは、私たちに多くの重要な気づきを与えてくれます。ここでは、特に皆さんに知っておいてほしいポイントを3つに絞って、深掘りしていきましょう。

その1:「フレイル」って結局なに?5つの項目でセルフチェック

まず、何度も登場している「フレイル」という言葉について、しっかり理解しておきましょう。

フレイル

加齢とともに心身の活力が低下し、ストレスに対する抵抗力(回復力)が弱くなった状態のこと。健康な状態と、介護が必要な要介護状態の中間に位置します。重要なのは、フレイルは適切な介入や対策によって、再び健康な状態に戻る可能性がある、ということです。

フレイルには、身体的な問題だけでなく、気力の低下やうつなどの「精神・心理的フレイル」、独居や経済的困窮などの「社会的フレイル」も含まれますが、今回は論文の中心である「身体的フレイル」に焦点を当てます。

国際的に最も広く使われているのが、アメリカのフリード博士が提唱した「フレイルの5つの構成要素」です。以下の5つのうち、3つ以上当てはまると「フレイル」、1つか2つ当てはまるとその前段階である「プレフレイル」と判断されます。

  1. 体重減少: 「意図せず」に、この半年間で体重が2〜3kg減ったか?
    • ダイエットをしていないのに、なぜか体重が落ちている状態は、筋肉や栄養が失われているサインかもしれません。
  2. 筋力低下: 握力が低下したか?(目安:男性28kg未満、女性18kg未満)
    • 握力は全身の筋力の指標と言われます。ペットボトルの蓋が開けにくくなった、重い荷物を持つのが辛くなった、などもサインです。
  3. 疲労感: 「何をするのも面倒だ」と週に3〜5日以上感じるか?
    • 以前は楽しめていた趣味や外出に対して、気力が湧かず、ぐったりしてしまうことが増えていませんか?
  4. 歩行速度の低下: 歩くスピードが遅くなったか?(目安:秒速1.0m未満)
    • 青信号のうちに横断歩道を渡りきれなくなった、周りの人と同じペースで歩けなくなった、と感じることはありませんか?
  5. 活動量の低下: 軽い運動や体操、定期的な外出などをしていますか?
    • 1週間のうち、座っているか寝転んでいる時間が大半を占めていませんか?

どうでしたか? 「ドキッ」とした項目があった方もいるかもしれません。でも、心配しすぎないでください。まずはご自身の現在の状態を客観的に知ることが、対策への第一歩です。

その2:あなたのバランス能力はどのタイプ?4つに分類される「立つ」「動く」の力

「バランス能力」と一言で言っても、実は様々な種類があることをご存知でしたか? 今回の論文では、バランス能力を大きく4つの種類に分類して整理しています。ご自身の生活を振り返りながら、どの力が弱っているか考えてみましょう。

① 静的バランス能力(じっと立つ力)

これは、動かずに姿勢を保つ能力です。例えば、

  • バスや電車で立っているとき
  • 信号待ちをしているとき
  • 靴下やズボンを立ったまま履くとき

など、日常生活の様々な場面で使われています。この力が衰えると、何もないところでふらついたり、片足立ちが困難になったりします。最も基本的なバランス能力と言えるでしょう。

② 支持基底面が移動する状況でのバランス能力(動きながら安定する力)

これは、歩いたり、方向転換したりする中で、体のバランスを保つ能力です。

支持基底面(しじきていめん)

体を支えている床との接地面のこと。立っている時は両足の裏とその間の空間を指します。歩くということは、この支持基底面を連続的に移動させる動作なのです。

具体的には、

  • まっすぐ歩く
  • 歩きながら後ろを振り返る
  • 部屋の角を曲がる

といった動作で必要になります。この力が低下すると、歩行が不安定になり、つまずきや転倒のリスクが非常に高まります。

③ 支持基底面を固定した状況でのバランス能力(足元を安定させ、体を動かす力)

これは、両足を地面につけたまま、手や体を動かしたときにバランスを保つ能力です。

  • 棚の上にある物を取るために、背伸びをしながら手を伸ばす
  • 床に落ちた物を拾うために、屈む
  • 洗濯物を干すために、腕を大きく動かす

これらの動作では、足の位置は固定されたまま、体の重心が大きく移動します。この力が弱いと、「あっ」と思った瞬間にバランスを崩してしまいます。今回の論文では、このタイプのバランス能力とフレイルの関連を調べた研究が特に不足していると指摘されており、今後の研究が待たれる重要なポイントです。

④ 外乱負荷応答(とっさの出来事に対応する力)

これは、予期せぬ出来事に対して、とっさに姿勢を立て直す能力です。

  • 人混みで、横から軽くぶつかられたとき
  • 急に呼ばれて、パッと振り返ったとき
  • 足元の段差に気づかずに、つまずきかけたとき

など、不意の「外乱」に対して体がどれだけ素早く反応し、転倒を防げるか、という能力です。これは、神経の反応速度や筋力の瞬発力などが関わる、高度なバランス能力です。

このように、バランス能力には様々な側面があります。ご自身の「苦手な動き」はどれに当てはまるか、考えてみるのも良いでしょう。

その3:研究が警鐘!フレイルが進むと「じっと立つ力」から衰える?

今回の論文レビューで非常に興味深いのは、数少ないながらも存在する「フレイルの段階とバランス能力を比較した研究」の結果です。

いくつかの研究で、フレイルではない健康な高齢者(ノンフレイル群)に比べて、フレイル予備軍(プレフレイル群)やフレイル群の人々は、特に①の「静的バランス能力(じっと立つ力)」が明らかに低いという結果が報告されていました。

これは、何を意味するのでしょうか?

私自身の臨床経験や理学療法士としての知識から推測すると、「じっと立つ」という一見簡単な動作こそが、実は非常に多くの機能を総動員する、繊細で複雑な活動だからだと考えられます。

じっと立つためには、

  • 足の裏で地面の状態を敏感に感じ取る「足裏センサー(体性感覚)」
  • 体の傾きを感知する耳の奥の「三半規管(前庭覚)」
  • 水平を保つための「視覚情報」
  • これらの情報を統合し、体の筋肉に指令を出す「脳の司令塔機能」
  • そして、指令を受けて姿勢を微調整する無数の「抗重力筋(特に体幹や下肢の筋肉)」

これら全てがミリ秒単位で連携し合って、初めて安定して立つことができるのです。

フレイルが進行すると、筋力低下だけでなく、こうした神経系の機能も全体的に低下してきます。その結果、最も繊細なコントロールを要求される「静的バランス」から、ほころびが見え始めるのではないでしょうか。

そして、この「じっと立つ力」の低下こそが、先ほどお話しした「負のサイクル」の最初の引き金になるのかもしれません。信号待ちでふらつくのが怖いから、外出を控える…。その小さな一歩が、気づかぬうちにフレイルの坂道を転がり始めるきっかけになってしまうのです。

今日からできる!フレイルを遠ざける「貯筋」と「貯バランス」習慣

ここまで読んで、「自分もフレイルやバランス能力の低下が心配だ…」と感じた方もいるかもしれません。でも、大丈夫です。フレイルもバランス能力も、日々のちょっとした心がけと運動で、十分に維持・改善することが可能です。

お金を「貯金」するように、筋肉を「貯筋」し、バランス能力を「貯バランス」する。そんな意識で、今日からできる簡単な習慣を始めてみましょう。

自宅でできる簡単トレーニング

無理は禁物です。最初は壁や椅子に手をつきながら、安全第一で行いましょう。「ちょっとキツイけど、気持ちいい」くらいがベストです。

  • 【静的バランス】片足立ち
    1. 椅子や壁の横に立ち、軽く手を添えます。
    2. 片方の足を、床から5〜10cmほど浮かせます。
    3. ふらつかないように、お腹に軽く力を入れて姿勢を保ちます。
    4. まずは30秒を目標に。慣れてきたら1分を目指しましょう。左右両方行います。
    • ポイント: 目標タイムを毎日記録すると、モチベーションが上がりますよ!
  • 【筋力UP】かかと上げ
    1. 肩幅くらいに足を開いて立ちます。椅子や壁に手をついてもOKです。
    2. 「いち、に、さん」でゆっくりかかとを上げて、「し、ご、ろく」でゆっくり下ろします。
    3. ふくらはぎの筋肉が使われているのを感じましょう。
    4. 10回を1セットとして、1日2〜3セット行います。
    • ポイント: ふくらはぎは「第二の心臓」。血流改善にも効果的です。
  • 【動的バランス】継ぎ足歩行(タンデム歩行)
    1. 廊下などの安全な場所で行います。
    2. 片方の足のつま先に、もう片方の足のかかとをくっつけるようにして、線上を歩きます。
    3. 最初は5歩から。ふらつかなければ10歩、20歩と増やしてみましょう。
    • ポイント: バランスが取りにくい高度な運動です。必ずすぐにつかまれる壁の近くで行ってください。
  • 【総合力UP】椅子からの立ち座り運動(スロースクワット)
    1. 安定した椅子に浅めに腰掛けます。
    2. 腕を胸の前で組むか、前に伸ばします。
    3. 「いち、に、さん」でゆっくりと立ち上がり、「し、ご、ろく」でゆっくりと座ります。この時、ドスンと座らないのがポイント。
    4. 10回を1セットとして、1日2〜3セット行いましょう。
    • ポイント: 太ももの前の大きな筋肉(大腿四頭筋)を鍛える、最も効果的な運動の一つです。

日常生活での「ながら」トレーニング

わざわざ運動の時間を取るのが難しい、という方は、日常生活の中に「貯筋」「貯バランス」のチャンスを見つけましょう。

  • 歯磨きしながら、かかと上げやつま先立ちをしてみる。
  • テレビを見ながら、CMの間だけ足踏みをしてみる。
  • エスカレーターやエレベーターを、なるべく階段に変えてみる(1階分だけでもOK!)。
  • 買い物の際は、少しだけ遠回りして歩く距離を稼ぐ。

こうした小さな積み重ねが、1年後、5年後のあなたの健康を大きく左右します。

まとめ:自分の足で歩き続けるために

今回は、最新の研究論文をもとに、「フレイル」と「バランス能力」の深い関係について解説してきました。最後に、重要なポイントをもう一度おさらいしましょう。

  1. フレイルは「歳のせい」ではない、改善可能な状態です。 体重減少、筋力低下、疲労感、歩行速度低下、活動量低下の5つのサインに気づくことが第一歩です。
  2. バランス能力の低下、特に「じっと立つ力」の衰えは、フレイルの危険な入り口かもしれません。 「負のサイクル」に陥る前に、自分の体の変化に敏感になりましょう。
  3. 特別な器具がなくても、自宅でできる簡単な「貯筋」「貯バランス」運動で、機能の維持・改善は十分に可能です。 無理なく、楽しく、毎日続けることが何より大切です。

加齢による体の変化は、誰にでも訪れる自然なことです。しかし、その変化のスピードを緩やかにし、最期まで自分らしく、自分の足で人生を楽しむことは、今日のあなたの行動にかかっています。

もし、転倒への強い不安があったり、体の痛みを伴ったりする場合は、決して一人で悩まず、かかりつけのお医者さんや、私たち理学療法士のような専門家にぜひご相談ください。あなたに合った、より安全で効果的な方法を一緒に見つけるお手伝いができます。

この記事が、皆さんの健やかな未来への一助となれば、これほど嬉しいことはありません。


参考文献

藤谷順三, 岸本裕歩. (2022). 高齢者におけるバランス機能と身体的フレイルとの関連. 健康科学, 44, 19-31.

健康・医学関連情報の注意喚起

本記事は、フレイルやバランス機能に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の医学的アドバイスを提供するものではありません。 フレイルや転倒などの診断や治療については、必ず医療従事者にご相談ください。


【理学療法士が解説】あなたの足元は大丈夫?フレイルとバランス能力の深い関係

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

目次