Aさん先生、うつ病には運動が良いって聞くんですけど……正直、ジョギングとかジム通いとか、今の体力じゃ絶対無理なんです。
やっぱり、息が上がるくらい動かないと意味ないんですかね……?



私は逆に、そろそろ復職に向けて体力を戻したいんです。
でも、ただ散歩するだけで、仕事ができる頭に戻るのかなって不安で。



お二人とも、その悩み、すごく分かります。体が鉛のように重い日の運動なんて、拷問に近いですよね。でも、もし『ストレッチだけでも十分効果がある』としたら? あるいは、『仕事の能力を取り戻すための特別な運動』があるとしたらどうでしょう?
今回は、2020年に発表された興味深い研究データを元に、「有酸素運動 vs ストレッチ」の決着をつけます。これを読めば、今のあなたの状態に「ちょうどいい運動」がどれなのか、迷わず選べるようになりますよ。
1分でわかる要約 (1-Minute Summary)


🌱 この記事の結論:目的によって使い分けよう
- ✅ 心の回復には「どっちも」効く(引き分け) うつ症状の改善に関しては、有酸素運動もストレッチも同等に高い効果がありました。「ハードな運動じゃないと意味がない」は間違いです。
- ✅ 「脳(記憶力)」を戻すなら有酸素運動 仕事の段取りなどに必要な「作業記憶(ワーキングメモリ)」を改善したのは、有酸素運動だけでした。復職準備には少し負荷が必要です。
- ✅ 6ヶ月後も効果は続く 入院中にどちらかの運動習慣を身につけた人は、退院して半年経っても症状の改善が維持されていました。継続こそが力です。
- 🕊 PTケイのひとこと: 「今日はストレッチで十分、調子が良いから少し歩こう」。そんな風に、自分の体調に合わせて「選べる選択肢」を持つことが、回復への近道ですよ。
研究紹介 (Research Introduction)


2020年、スイスのインボーデン(Imboden)らの研究グループが発表した研究によると、入院中のうつ病患者42名を対象に「有酸素運動」と「ストレッチ」の効果を比較検証しました。


その結果、両者の意外な共通点と相違点が明らかになりました。今回は、この貴重なデータを紐解いていきましょう。
1. うつ症状への効果は「引き分け」!ストレッチも侮れない


多くの人が「運動療法=汗をかくような運動」と考えがちです。しかし、この研究の最も勇気づけられる発見は、「うつ症状の改善」という点において、有酸素運動とストレッチの間に差がなかったということです。
研究では、週3回、6週間にわたって介入を行いました。
- 有酸素運動グループ: 自転車こぎ(最大心拍数の60-75%程度の中強度)
- ストレッチグループ: 監督下での低強度のストレッチ活動
その結果、両方のグループで、うつ病の重症度スコア(HDRS-17、BDI)が劇的に低下しました。
つまり、心を軽くするという目的であれば、息を切らしてペダルを漕いでも、ゆっくり体を伸ばしても、同じくらい素晴らしい効果が得られるのです。





これ、すごく救われるデータだと思いませんか?
私も経験があるんですが、うつが酷い時って「運動しなきゃ」という強迫観念と、「着替えるのすら億劫」という現実の板挟みで苦しむんです。
でも、「今日はパジャマのままストレッチするだけで、100点満点の治療になる」と科学が証明してくれた。これなら、「自分はダメだ」と責めることなく、小さな一歩を踏み出せる気がしませんか?
2. 「仕事ができる脳」を取り戻すには有酸素運動が一歩リード


一方で、両者には決定的な違いも見つかりました。それは「作業記憶(ワーキングメモリ)」への効果です。
作業記憶とは、短い時間だけ情報を頭に留めておき、それを処理する能力のこと。「電話番号を聞いてメモする」「料理の手順を段取りする」「上司の指示を聞きながら作業する」といった場面で不可欠な機能ですが、うつ病になるとこの機能が低下しがちです。
研究結果では、有酸素運動を行ったグループだけが、この作業記憶のテスト結果において有意な改善傾向を示しました。ストレッチグループには、この「脳機能の上乗せ効果」は見られませんでした。
これは、有酸素運動が脳由来神経栄養因子(BDNF)などを増やし、海馬などの脳神経の可塑性(変化して適応する力)を高めるためと考えられています。



復職した直後のこと、今でも覚えています。
電話を取っても「あれ、誰からの電話だっけ?」と真っ白になったり、簡単な事務作業でミスを連発したり…。あの「頭が働かない恐怖」は、心の辛さとはまた別の地獄でした。
もし当時、このことを知っていたら。復職前のリハビリ期には、少し頑張ってロードバイク(自宅にローラー台をつけてやっています!)を漕いでいたかもしれません。「脳の筋トレ」だと思って有酸素運動を取り入れるのは、復職への自信に繋がるはずです。
3. 結局、どう選べばいい?「フェーズ別」使い分け戦略


この研究のもう一つの重要な点は、「入院中に運動習慣をつけた人は、退院して6ヶ月後も調子が良かった」ということです。つまり、何をやるか以上に、「続くかどうか」が最も重要なのです。
そこで、PTケイからの提案です。あなたの今の「回復フェーズ」に合わせて、運動を選び分けてみませんか?


- 【急性期・休息期】体が重い、何もしたくない
- 迷わず「ストレッチ」を選びましょう。
- 目的は「心を安定させること」。研究の通り、ストレッチだけで十分な抗うつ効果があります。罪悪感を持つ必要はゼロです。


- 【回復期・リハビリ期】少し動ける、復職を考え始めた
- 「有酸素運動」をミックスしていきましょう。
- 目的は「脳のスペックを戻すこと」。週に数回、20〜30分程度の散歩や自転車を取り入れ、作業記憶を刺激します。



私たちの体調は、毎日グラデーションのように変化します。
「有酸素運動にするか、ストレッチにするか」と決めてかかる必要はありません。
「今日は頭がスッキリしてるからウォーキング!」「今日は雨で気圧も低いから、お布団の上でストレッチだけ」
そんな風に、自分の体の声を聞いてメニューを選べることこそが、本当の意味での「セルフコントロール(自己管理)」能力の回復なんですよ。
【PTケイのQ&A】 (Q&A Section)
まとめ (Conclusion)


- 🧘♀️ 辛い時は「ストレッチ」で十分 「うつ症状の改善」には、有酸素運動もストレッチも効果は互角です。動けない日は、ゆっくり体を伸ばすだけで自分を褒めてあげてください。
- 🧠 復職準備には「有酸素」をプラス 仕事に必要な「記憶力」や「処理能力」を回復させたいなら、少し息が弾む運動が効果的。脳への栄養だと思って取り入れましょう。
- 🔁 「細く長く」が最強の薬 どんなに良い運動も、続かなければ意味がありません。その日の気分と体調に合わせて、メニューを自由に選んでOKです。
「どっちをしなきゃいけない」ではなく、「今日はどっちならできそうかな?」 そんな風に自分に問いかける優しい時間が、あなたの心と体を確実に回復へと導きます。 さあ、まずは今この場で、大きく背伸びを1回してみませんか? それだけで、今日のあなたは「運動療法」を実践したことになりますから。
参考文献 (References) & 注意喚起 (Disclaimer)
参考文献
Imboden C, Gerber M, Beck J, et al. Aerobic exercise or stretching as add-on to inpatient treatment of depression: Similar effects on depressive symptoms, acute benefit on working memory. J Affect Disord. 2020;276:866-876. doi:10.1016/j.jad.2020.07.052
注意喚起
本記事は、うつ病の運動療法に関する情報提供を目的としており、医学的アドバイスを提供するものではありません。症状の診断や治療、運動の開始時期や強度については、必ず主治医や専門の医療機関にご相談ください。

