AさんPTケイさん、正直に言います。
仕事中、背筋を伸ばそうとしても5分と持ちません。
気づくといつもの猫背に戻っていて、その方が圧倒的に『楽』なんです。これって私の意志が弱いからでしょうか?



わかります。
私も疲れてくると、つい片足に体重をかけたり、椅子に浅く座って背もたれに寄りかかったり…。
体に悪いとわかっていても、その姿勢が一番リラックスできる気がして抜け出せません。



お二人とも、自分を責める必要はありませんよ。
「悪い姿勢が楽」だと感じるのは、決して意志が弱いからではなく、人体の構造上、ある意味で「正解」の反応だからです。
私もうつ病で体が動かなかった時期、重力に抗って背筋を伸ばすことが、まるでエベレストに登るかのように辛く感じました。
(ちょっと大げさな表現かもしれませんが)
体は常に「省エネ」を求めているからです。
しかし、その「楽」の裏側で、筋肉や関節には静かなる破壊が進行しています。
この記事を読めば、「なぜ悪い姿勢は甘い蜜のように心地よいのか」、そして「どうすればその罠から抜け出せるのか」の原因と対策がわかります。
1分でわかる要約 (1-Minute Summary)


🌱 この記事の結論:その「楽」は代償を伴う
- ✅ 「楽」の正体は「骨への依存」 悪い姿勢が楽なのは、筋肉を使わず、靭帯や関節にぶら下がって「省エネ」しているからです。しかし、それは関節という「消耗品」を削る行為です。
- ✅ 筋肉が「服」のように縮む 長年の悪い姿勢により、筋肉自体が物理的に短くなっています(サルコメアの減少)。良い姿勢が疲れるのは、縮んだ服を無理やり着ている状態だからです。
- ✅ 脳が「悪い姿勢」を標準化する 脳のホメオスタシス機能が、慣れ親しんだ悪い姿勢を「正常」と誤認しています。この「脳の地図」を書き換えるには、毎日の小さなリセットが必要です。
- 🕊 PTケイのひとこと: 「気合い」で姿勢は治りません。まずは自分の体が「縮んでいる」ことを認め、少しずつ伸ばしてあげましょう。
研究紹介 (Research Introduction)
1982年、アメリカのワシントン大学理学療法学科のGossmanらが発表したレビュー論文によると、筋肉の長さに関連した変化とその臨床的意義について重要な示唆がなされています。
今回は、この古典的かつ重要な研究や近年の知見を紐解いていきましょう。
1. 「筋肉」を使わず「靭帯」を使う:脳が喜ぶ省エネの罠


なぜ、猫背やダラッとした姿勢は「楽」なのでしょうか? その最大の理由は、エネルギー消費量の違いにあります。姿勢を保つ組織は、大きく2つに分けられます。
- 筋肉(Active elements): エネルギーを使って重力に抗う組織。
- 骨・靭帯(Passive elements): エネルギーを使わず、物理的な構造で支える組織。
悪い姿勢(例:背中を丸める、片足に重心を乗せる)は、筋肉の使用を最小限に抑え、その代わりに「関節」や「靭帯」といった受動的な組織に体重を預けてロックしている状態です。筋肉を使わないため、脳は「疲れていない=リラックスしている」と錯覚します。
しかし、これは筋肉の仕事を、本来支える役割ではない関節や靭帯に押し付けているだけです。



筋肉というゴムバンドで支えるのをやめて、関節でロックしたり、靭帯という紐にぶら下がったりしている状態ですね。
私も油断するとすぐに、Bさんが言っていたような、椅子に浅く座って背もたれに寄りかかる姿勢(椅子の背もたれと座面で突っ張り棒のようにして姿勢を保つ)になりやすいです。
その時は「ああ、楽だ…」と感じるのですが、後からじわじわと腰の奥が痛くなる。
関節という「消耗品」を削って、一時的な楽を買っていたんです。
2. 筋肉の「短縮化」:体は悪い姿勢に「最適化」してしまう


「良い姿勢をとろうとすると、すぐに疲れてしまう」という悩みには、明確な生理学的理由があります。それは、あなたの筋肉が物理的に短くなっているからです。
Gossmanらの論文によると、筋肉は固定された長さに適応して、その構造を変えてしまいます。


- サルコメア(筋節)の減少: 筋肉が縮んだ状態(例:猫背での胸の筋肉、座りっぱなしでの股関節の筋肉)で長時間過ごすと、筋肉の最小単位である「サルコメア(※筋肉を収縮させる微細な構造単位)」の数が最大40%も減少し、筋肉自体が物理的に短くなります。
- 結合組織の変化: さらに、筋肉を包む膜なども変化し、伸びにくい状態になります。
つまり、長年「悪い姿勢」を続けていると、体はその姿勢を維持しやすいように「悪い姿勢専用の体」に作り変えられてしまっているのです。この状態で急に背筋を伸ばそうとしても、短くなった筋肉がブレーキをかけ、無理に引き伸ばす必要があるため、すぐに疲労や痛みを感じてしまいます。



例えば「服が縮んでしまった」状態をイメージしてください。
猫背に慣れた体は、前側の服(筋肉)が縮んでいます。
その状態で背筋を伸ばそうとするのは、パツパツの服を無理やり着ようとするようなものですよね。
窮屈で疲れるのは当たり前なんです。
だからこそ、私がリハビリで指導する際は「気合いで治せ」とは言いません。縮んだ服を少しずつ伸ばすように、時間をかけて筋肉の長さを取り戻していく必要があるんです。
3. ホメオスタシスの壁:脳は「変化」を嫌う


さらに、私たちの脳には「ホメオスタシス(恒常性)」という機能があります。これは、体温や血圧などを一定に保とうとする働きですが、姿勢にも影響します。
長期間その姿勢でいると、脳は「この(悪い)姿勢こそが、自分にとっての正常(デフォルト)だ」と記憶します。これを「身体の地図(ボディマップ)」として認識してしまいます。
そのため、整体や意識的な努力で一時的に「良い姿勢」をとっても、脳はそれを「異常事態」と判断し、無意識のうちに元の「慣れ親しんだ悪い姿勢」に戻そうと指令を出します。これが、「気づくと猫背に戻っている」現象の正体です。



脳にとって、慣れ親しんだものは「安全」、新しいものは「警戒対象」なんです。
良い姿勢をとった時の「違和感」は、脳が「いつもと違うぞ!」と警報を鳴らしているサイン。
でも、諦めないでください。
このボディマップは、正しい入力(良い姿勢の反復)を続けることで、年齢に関係なく書き換えることができます。
毎日の小さな「リセット」が、脳への再教育になるんですよ。
【PTケイのQ&A】 (Q&A Section)
まとめ (Conclusion)


- 🔓 「楽」は「サボり」のサイン 悪い姿勢が楽なのは、筋肉をサボらせて骨に負担をかけているからです。「楽=体に良い」という誤解を解くことから始めましょう。
- 👕 縮んだ服(筋肉)を伸ばす 良い姿勢が辛いのは、筋肉が短縮しているからです。無理せず、毎日少しずつストレッチをして、筋肉の長さを取り戻していきましょう。
- 🧠 脳の地図を書き換える 脳は悪い姿勢を「正常」と誤認しています。良い姿勢を頻繁にとることで、脳に新しい「正常」を学習させることができます。
「姿勢を良くしなきゃ」と自分を追い込む必要はありません。 まずは、仕事の合間にグーッと背伸びをする。 それだけで、縮こまった筋肉は喜び、脳への小さな「良い入力」になります。 その「1回の背伸び」が、10年後のあなたの体を支える柱になりますよ。
参考文献 (References) & 注意喚起 (Disclaimer)
参考文献
- Gossman MR, Sahrmann SA, Rose SJ. Review of length-associated changes in muscle. Experimental evidence and clinical implications. Phys Ther. 1982;62(12):1799-1808.
- Edwardson CL, Biddle SJH, Clemes SA, et al. Effectiveness of an intervention for reducing sitting time and improving health in office workers: three arm cluster randomised controlled trial. BMJ. 2022;378:e069288. doi:10.1136/bmj-2021-069288
- Szczygieł E, Zielonka K, Mętel S, Golec J. Musculo-skeletal and pulmonary effects of sitting position – a systematic review. Ann Agric Environ Med. 2017;24(1):8-12. doi:10.5604/12321966.1227647
注意喚起
本記事は、姿勢に関する情報提供を目的としており、医学的アドバイスを提供するものではありません。痛みや痺れが続く場合は、整形外科などの専門医療機関にご相談ください。

