はじめに:「教える」か「引き出す」か?指導スタイルの最適解を求めて
理学療法の臨床現場や教育の場で、後輩や学生を指導する際、「ティーチングとコーチング、どちらが良いのだろう?」と悩んだ経験はありませんか。それぞれの指導法には異なる特徴があり、どちらか一方が絶対的に優れているというわけではありません。私自身、長年このテーマについて考え、実践してきましたが、最も大切なのは、相手の状況や目的に応じて両者を効果的に使い分けること、そして時には融合させることだと確信しています。
2018年当時、私はこのテーマについて考察し、特に「ティーチング」の意義について深く考える機会がありました。近年、相手の主体性を引き出すコーチングの重要性が強調される一方で、知識や技術を直接伝えるティーチングが、ややもすると時代遅れのように捉えられる風潮も感じます。しかし、本当にそうでしょうか?
この記事は、
- ティーチングとコーチングの基本的な違い、メリット・デメリットを改めて整理したい方
- 「コーチングこそが最良の指導法で、ティーチングの役割は限定的だ」という考えに、別の視点も持ちたい方
- 効果的なティーチングの実践方法や、その深い価値、そしてコーチングとの相乗効果を生む組み合わせについて具体的なヒントを得たい方
に向けて、特に「ティーチング」が持つ力とその戦略的な活用法に焦点を当てながら、2025年の視点から、より具体的で実践的な内容をお届けします。
1. ティーチングとコーチング:基本特性とメリット・デメリットの再整理
まず、ティーチングとコーチングの基本的な特徴と、それぞれのメリット・デメリットを明確にしておきましょう。
比較要素 | ティーチング (Teaching) | コーチング (Coaching) |
---|---|---|
関係性 | 指導者主導(教える側・教わる側)が明確になりやすい | 対等なパートナーシップを重視 |
答えの提供 | 指導者が知識・技術・情報・答えを「教える」「伝える」 | 指導者が質問を通じて相手から答えや気づきを「引き出す」 |
コミュニケーション | 指導者からの一方向的な情報伝達が多くなりがち | 双方向の対話を重視し、相手の自発的な発言・内省を促す |
行動への影響 | 指示された行動を取りやすく、時に指導者への依存を生むことがある | 自律的な思考と行動を促進する |
モチベーション | 外発的動機付け(褒められる、認められる等)に頼ることが多い | 内発的動機付け(やりがい、自己成長感等)を引き出しやすい |
適した場面 | 基礎知識・スキルの習得、緊急時、明確な手順伝達が必要な場合 | 自律性促進、問題解決能力向上、目標達成支援、新たな視点獲得 |
ティーチングとコーチングのメリット・デメリット
ティーチング | コーチング | |
---|---|---|
メリット | ・知識経験が少ない相手には効果的 ・伝達手段がさまざま選べる (文字・音声・画像など) | ・実行力がアップする ・自主性、自立心を育てる ・教える側の知識量を経験値の影響を受けにくい |
デメリット | ・教える側の知識や経験の範囲内の影響力しかない ・実行につながることが少ない ・自主性、自立心が育たない ・受動的で依存的になりやすい | ・知識経験が少ない相手には効果が出にくい ・教える側のコミュニケーションスキルや自己コントロール力が大きく影響する |
メリットデメリットを整理すると、上記のようになります。主体的に動ける人にはコーチングの方が向いていることが多く、受動的で経験の少ない人に対しては、ティーチングの方が向いている場合があると思います。
ただし、それに依存し、コーチングだけを行うティーチングだけを行うというのではなく、基本的には両方の要素を相手やタイミングによって使い分けることが大切だと思います。うまくデメリットを解消するような方法が取れる等、理想的です。
ティーチングについて考える
指導者側から考える
今回は特にティーチングにフォーカスして考えていきたいと思います。理学療法の臨床場面において、暗黙知というものが多く存在します。暗黙知とは何となく分かっているようなもので、経験などから生まれますが、言語化は出来ておらず、なんとなくそう思うというようなレベルのものです。
ティーチングについて指導者側の立場から考えると、自分の知っていたことを人に伝えるために、言語化が必要です。言語化ができると、暗黙知は形式知として変換する必要があります。形式知とは、今まで知っていたことを言葉に出して人に伝えられるものです。
つまり、ティーチングには暗黙知を形式知へ変換するスキルが求められます。
臨床場面においてある程度を行うことができるものは、暗黙知で対処していることが多かったりします。しかし、それを部下の指導において暗黙知を形式知に変換する作業を行うことで、より深いレベルまでの理解を得ることができます。
この作業を行うことこそ、教えることは2度学ぶことということの本質ではないかと思います。
つまり、適切にティーチングを行うことによって、指導者は多くの学びを得ることができます。
部下側から考える
部下側から考えるとデメリットである、実行につながることが少ない、自主性、自立心が育たない、受動的で依存的になりやすいといった傾向は確実に存在すると思います。
ただし、コーチングが多すぎると部下に対する負荷は増えてしまいます。つまり、ティーチングの割合とコーチングの割合をコントロールする事によって、お互いのデメリットを解消することもある程度できると思います。
デメリットが解消されればティーチングのメリットは、多く享受されると思います。
新人さんや知識の少ないスタッフに対しては、ティーチングの割合を増やして知識を入れながら部分的にコーチングを行うことで考えさせ、自主的に行うことを徐々に増やしていくことができます。
ティーチングをうまく使うことで伺わにもメリットがあります。
うまくやるとwin-winの関係がとれる
上記のように、ティーチングのメリットは指導者側と部下側のお互いに存在します。ただし、私が思うにティーチングのメリットを享受できるものは特に指導者側にあると思います。
指導者側がわからないことに気づくきっかけにもなりますし、主体的に動ける指導者にとってティーチングは非常に学びが多いです。また、ティーチングのデメリットである、教える側の知識や経験の範囲内の影響でしかないことに対しても、指導者側がしっかり不明点を調べることによって解消することが可能です。
ティーチングとコーチングに分けて指導する必要はない
ティーチングとコーチングのメリットデメリットについて整理してきましたが、一つの指導はティーチングかコーチングのどちらかに属するわけではないと思います。つまり、両者が混在している場合もあるからです。
コーチングの中にティーチングを付け加えながら指導していくこともできます。ティーチングをした上で知識を与えた後に、その知識を使ってコーチングすることも可能です。
その時、その時によって、ティーチングコーチングの要素を付け加えるかどう組み合わせるかは指導者の裁量によって決まると思います。
うまく使い分けられる指導者になることが求められるのではないでしょうか。