はじめに：「これで本当に合っているの？」指導の現場で抱える葛藤
理学療法の臨床現場、特に後輩や学生を指導する立場になると、「自分の指導は本当に正しいのだろうか？」「知識を押し付けていないだろうか？」といった悩みに直面することは少なくありません。人の身体は複雑で、同じ疾患でも反応は千差万別。教科書通りのアプローチが必ずしも最善とは限らないのが、理学療法の難しさであり、面白さでもあります。
2018年当時、私も指導者として、この「不確実性」の中でいかに効果的な指導を行うべきか、深く考えていました。この記事は、当時の私の考察を元に、理学療法の臨床指導における不確実性との向き合い方、そして「知識の押し付け」を避け、共に成長できる指導法について、2025年の視点からアップデートし、具体的なヒントを提案します。
この記事は、以下のような悩みを持つ指導者の方々に向けて書いています。
- 理学療法の臨床における「不確実性」をどう捉え、指導に活かせば良いか知りたい。
- 指導する際に、自分の考えが「正解」なのかどうか判断に迷う。
- 部下や学生の考えを尊重しつつ、効果的な指導を行う方法を探している。
1. 理学療法における「不確実性」の本質：なぜ絶対的な正解がないのか？
理学療法の対象となる人間の身体は、非常に複雑なシステムです。遺伝的要因、生活習慣、心理状態、社会的環境など、無数の要素が絡み合い、個々の状態や治療への反応を規定しています。これは、物理法則のように「Aならば必ずBになる」という線形的な関係ではなく、「非線形力学」の要素を色濃く持つことを意味します。
つまり、理学療法の介入効果についても、エビデンスレベルの高い研究で有効性が示されている治療法であっても、目の前の特定の患者さんに対して必ず同じ効果が出るとは限らないのです。これが、私たちが臨床で常に直面する「不確実性」の正体です。
この不確実性の中で、「これは違う」「何をやっているんだ？」と一方的に断じることは、指導者として非常に慎重になるべき点です。確実な正解が存在するならば、間違いを指摘することは容易ですが、不確実な状況下では、何が「間違い」で何が「正解」かの判断そのものが難しくなります。
2. 「可能性」を提示する指導：視野を広げるコミュニケーション
では、この不確実性の中で、指導者はどのように振る舞うべきでしょうか？ 一つの答えとして、「断定」ではなく「可能性」として意見を伝えるというアプローチがあります。
- 「〇〇という考え方もあるかもしれないね」
- 「私なら、△△という視点も加えて評価してみるかな」
- 「そのアプローチの根拠は素晴らしいけど、もし□□という要素が加わったら、どう考える？」
このように、指導者の考えを一つの「提案」として示すことで、相手に考える余地を残し、視野を広げるきっかけを与えることができます。重要なのは、「一つの要素だけで考えていないか？」「もっと多角的に捉えられないか？」といった、思考のプロセスを促すような問いかけです。
3. 指導の核心は「プロセス」にあり：結論よりも「なぜそう考えたか」
不確実な状況下で、特定の手技や方法論だけを「これが正しい」と指導することは、結果的に「知識の押し付け」になりやすいものです。「こうすべきだ」「これを勉強した方がいい」という一方的な指示は、相手に「本当にそうなのかな？」という疑問や反発を抱かせる可能性があります。
そこで重要になるのが、「なぜその結論に至ったのか？」という思考プロセスを重視する指導です。
- 相手の思考プロセスを丁寧に聴く:
- 「なぜその評価を選択したの？」
- 「そのアプローチで、どんな変化を期待しているの？」
- 「その考えに至った根拠は何かな？」 こういった質問を通じて、相手がどのような情報を元に、どのように考え、結論に至ったのかを明らかにします。
- プロセスの妥当性を共に吟味する: 相手の思考プロセスを理解した上で、
- 情報収集は十分だったか？
- 考慮すべき視点に漏れはなかったか？
- 論理の飛躍はなかったか？ などを一緒に検討し、必要であれば指導者自身の思考プロセスも開示します。
- 「気づき」を促すフィードバック: 不足している視点や、より深掘りすべき点を指摘する際も、一方的に教え込むのではなく、「〇〇という可能性は考えた？」「△△の文献も参考にすると、もっと考察が深まるかもしれないね」といった形で、相手自身が「気づき」を得られるような関わり方を心がけます。
このように、結論そのものではなく、結論に至るまでの思考プロセスに焦点を当てることで、指導はより建設的で、相手の主体的な学びを促すものになります。
4. プロセス指導の具体的な提案：共に成長するディスカッションを
理学療法の臨床において、思考プロセスの指導は非常に重要です。では、具体的にどのように進めれば良いのでしょうか。
- 多様な視点からのアプローチを促す:
- 患者さんの情報（病態、既往歴、生活背景、価値観など）
- 目標設定（患者さんと共有した短期・長期目標）
- 病前の能力や生活スタイル
- 最新のエビデンス（文献、ガイドライン）
- 自身の経験や知識 これらの多様な情報源から、その患者さんにとって最適なアプローチを多角的に検討するよう促します。
- 思考の「型」を共有する:
- SOAP形式での記録や、ICF（国際生活機能分類）の考え方、クリニカルリーズニングのフレームワークなど、思考を整理し、網羅的に情報を捉えるための「型」を提示し、活用を促します。
- 赤羽雄二氏の「ゼロ秒思考」のような思考ツールも、臨床推論のスピードと質を高める上で参考になるかもしれません。（実際に理学療法ジャーナルで特集されたこともあるようです。）
- ディスカッションを通じた相互学習:
- 指導者と被指導者が、お互いの思考プロセスを開示し、建設的なディスカッションを行う場を設けます。「あなたならどう考える？」「私ならこう考えるけど、どう思う？」といった対話を通じて、お互いの視点や知識を共有し、共に学びを深めることができます。
- これは、指導者にとっても自身の考えを客観視し、新たな気づきを得る良い機会となります。
5. 指導者自身の「学び続ける姿勢」が鍵
不確実性の高い臨床現場で効果的な指導を行うためには、指導者自身も常に学び続け、自身の知識や考えをアップデートしていく姿勢が不可欠です。
- 謙虚さを持つ: 自分の知識や経験が絶対ではないことを認識し、新しい情報や異なる意見に対してオープンであること。
- 多様な情報源に触れる: 最新の研究論文、学会発表、他職種の視点など、幅広い情報に触れ、自身の知見を広げる努力を続ける。
- 自己省察の習慣: 自身の指導方法や臨床判断について定期的に振り返り、改善点を見つけていく。
指導は「教える」という一方的な行為ではなく、指導者と被指導者が共に成長していく「学びのプロセス」であると捉えることが重要です。
まとめ：「知識の押し付け」を越え、共に考えるパートナーシップへ
理学療法の臨床指導における「不確実性」は、決してネガティブなものではありません。むしろ、それは私たちに常に思考し、学び続けることを促し、個々の患者さんに最適化されたケアを提供する機会を与えてくれています。
「知識の押し付け」を避け、相手の思考プロセスを尊重し、共に学ぶ姿勢で指導にあたること。それが、被指導者の主体的な成長を促し、結果として理学療法の質の向上に繋がると信じています。
この記事が、日々の臨床指導に悩む理学療法士の皆さんにとって、少しでも前向きなヒントとなれば幸いです。
