はじめに:新年度、あなたのチームは「個人の集まり」で終わっていませんか?
新年度が始まり、新たなチーム体制でのスタートに、リーダーとして身が引き締まる思いをしている方も多いのではないでしょうか。
2018年当時、私も異動者を迎え、新たなグループのリーダーとして「今年度こそは!」と意気込む一方で、多くの課題と向き合っていました。
当時のリハビリ部門の目標の一つに「できる人から、できるグループになる」というものがありました。
これは、個々のスタッフの能力に依存するのではなく、チーム全体としての総合力を高め、誰が担当しても一定以上の質の高いケアを提供できる組織を目指すという、非常に重要なテーマです。
この記事では、当時の私の考察を元に、リーダーが新年度の目標を設定し、それを達成していく上で不可欠な「チームの成果を最大化するためのシステム思考」と「データに基づいた予後予測・リスク管理」について、具体的なアプローチを交えながら深掘りしていきます。
1. チームの成果を再定義する:「FIM実績指数」を育成ツールへ変える
回復期リハビリテーション病院において、「実績指数の向上」は常に求められる目標の一つです。
しかし、これを単なる「ノルマ」として捉えていては、スタッフの疲弊を招くだけで、本質的な質の向上には繋がりません。
2018年当時、私は「月一回の分析では不十分だ」と感じ、「入院時の評価の一つとして予測実績指数を出す」というアイデアを考えていました。
この考えをさらに発展させ、チーム全体の臨床推論能力を高めるための「予後予測精度向上サイクル」としてシステム化することを提案します。
予後予測精度向上サイクル(PDCA)
- Plan (計画): 入院時
- 各患者さんに対し、入院時の評価(FIM、身体機能、心理社会的背景など)に基づき、「予測退院日」と「予測退院時FIM」をチームとして設定します。これにより、初期段階での「予測実績指数」が算出されます。
- Do (実行): 入院中
- 設定したゴールに基づき、リハビリテーションプログラムを実行します。
- Check (評価): 退院時
- 実際の「退院日」と「退院時FIM」を記録し、予測との差異(バリアンス)を算出します。
- Act (改善): 振り返り
- 定期的なチームカンファレンスで、予測と実際の結果になぜ差異が生じたのかを分析します。
- 予測より改善が良かった場合: どのような介入が効果的だったか? 我々の予測が過小評価だった要因は何か?
- 予測より改善が遅れた場合: 予期せぬ合併症はあったか? 家族の協力体制に変化はあったか? アプローチに見直すべき点はなかったか?
- 特に予測がずれやすかったFIM項目は何か?(例:食事、更衣、整容などのADL項目か、それとも認知・コミュニケーション項目か?)
- 定期的なチームカンファレンスで、予測と実際の結果になぜ差異が生じたのかを分析します。
このサイクルを回すことで、チームは単に数値を追いかけるのではなく、「なぜこの結果になったのか」を考察し、予後予測の精度を高めるための集合知を蓄積することができます。そして、この分析結果そのものが、質の高い学会発表や臨床研究の貴重なデータとなるのです。
2. 複雑化する患者像に対応する:「プロアクティブ・リスクマネジメント」の構築
2018年当時から、リハビリテーションの現場では患者さんの重症化・複雑化が進んでいました。
2025年の今、その傾向はさらに顕著になっています。
日々の臨床で「急変が増えた」と感じるリーダーも多いのではないでしょうか。
このような状況下で求められるのは、問題が起きてから対応する「リアクティブなリスク管理」ではなく、問題を未然に防ぎ、万が一の事態にもチームとして迅速かつ的確に対応できる「プロアクティブ・リスクマネジメント」のシステムです。
- リスク管理システムの構築:
- 標準化されたリスクスクリーニング: 入院時に、全患者さんに対して標準化されたリスク評価(例:転倒リスク、せん妄リスク、深部静脈血栓症リスクなど)を実施し、チーム内で情報を共有する仕組みを作ります。
- ヒヤリ・ハットの積極的な共有: インシデントに至らなかった「ヒヤリ」「ハッ」とした事例を、個人を責めることなく報告・共有できる文化を醸成します。これらの事例は、重大な事故を防ぐための貴重な情報源です。
- 定期的なシミュレーション訓練: 「リハビリ中に急な血圧低下が起きた場合」「患者さんが転倒を発見した場合」など、具体的なシナリオに基づいたシミュレーション訓練を定期的に行うことで、チーム全体の対応能力を高めます。
- 個人のスキルアップ支援:
- チーム全体でリスク管理に関する勉強会を企画・実施します(フィジカルアセスメント、急変時対応、各種ガイドラインの読解など)。
- リーダー自身がまず学び、その知識をチームに還元していく姿勢が重要です。「その前に私」という2018年当時の私の気づきは、まさにリーダーの責務の核心を突いています。
3. リーダー自身の役割:プレイヤーから「システム設計者」へ
新年度を迎え、リーダーとして最も意識すべきことは、自分がプレイヤーとして頑張りすぎないことです。もちろん、臨床家としてのスキルを磨き続けることは重要ですが、リーダーの真の役割は、「チームメンバーが最大限のパフォーマンスを発揮できる仕組み(システム)と文化をデザインすること」にあります。
- 部下の目標とチームの目標のすり合わせ: 部下一人ひとりがどのようなキャリアを描き、何を学びたいと考えているのかを理解し、それをチームの目標(例:予後予測精度の向上、リスク管理システムの構築)と結びつけることで、内発的なモチベーションを引き出します。
- 異動者や新人へのフォローアップ体制の構築: 新しい環境に慣れようと必死になっている異動者や新人スタッフが、安心して業務を覚え、チームに貢献できるようなサポート体制(メンター制度、チェックリストの活用、定期的な面談など)を整えることも、リーダーの重要な役割です。彼らが早期に戦力となることは、チーム全体の力に直結します。
- 「考える時間」を意図的に確保する: 日々の業務に忙殺されると、どうしても目先のタスク処理に追われがちです。リーダーは、意識的に「チームの未来を考える時間」「システムを設計・改善する時間」をスケジュールに組み込む必要があります。
まとめ:個の力を「チームの力」に昇華させるリーダーシップ
2018年の私は、多くのタスクを抱え、「頑張らねば」という思いに駆られていました。
しかし、リーダーに求められるのは、一人で全てを背負うことではありません。
- チームの目標を、データと根拠に基づいて具体的に設定する。
- 目標達成のための、効率的で再現性のあるシステムを構築する。
- メンバーが安心して挑戦し、成長できる心理的に安全な環境を作る。
これらを通じて、個々のメンバーの力を結集し、1+1が3にも4にもなるような「強いチーム」を創り上げること。
それこそが、2025年の今、私たちリーダーに求められる真の役割であり、挑戦ではないでしょうか。
新年度の始まりは、チームを次のステージへと引き上げる絶好の機会です。
この記事が、あなたのリーダーシップの一助となれば幸いです。