脳卒中後のリハビリテーションで遭遇する症状として、「ラテロパルジョン」と「プッシャー現象」があります。どちらも麻痺側への傾きがみられる症状ですが、実は異なるメカニズムで起こっています。
今回は、ラテロパルジョンとプッシャー現象の違い、それぞれの評価方法、そして治療アプローチについて、一般の方にもわかりやすく解説していきます。
垂直性の種類:体の傾きを知覚するしくみ
私たちの脳は、様々な感覚情報を使って体の傾きを認識しています。
- 視覚垂直(SVV): 目で見て垂直を判断する
- 身体垂直(SPV): 体で感じる垂直を判断する
- 触覚垂直(SHV): 触覚で感じる垂直を判断する
- 行動垂直(SBV): 行動を通して感じる垂直を判断する
これらの感覚情報が統合されることで、私たちは「まっすぐ立っている」と認識できるのです。
ラテロパルジョン(LP)とは?
ラテロパルジョンとは、脳卒中後に麻痺側へ傾いてしまう症状のこと。Davis (1990) によって最初に報告されました。特徴として、体の傾きを修正しようとすると抵抗しない点があります。
LPの2つのパターン
- 脳の損傷側と同じ方向への傾斜: 脳幹の尾側部が損傷した場合
- 脳の損傷部位と反対側への傾斜: 脳幹の吻側部や大脳半球が損傷した場合
LPの原因
- 運動麻痺と体幹筋の緊張の不均衡
- 偏った垂直認知: 脳が体の傾きを正しく認識できない
LPの責任病巣
- 脊髄小脳路: 同側下肢の深部感覚(無意識的な感覚)を伝える経路(Th1~L1)
- 外側前庭脊髄路: 同側下肢の伸筋を興奮させる経路
これらの経路が障害されると、同側下肢の感覚情報が減少し、伸筋の活動が低下することで、麻痺側へ傾きやすくなると考えられています。
ラテロパルジョンの評価
ラテロパルジョンの評価には、主にBurke Lateropulsion Scale(BLS) (D’Aquila et al., 2004) が用いられます。BLSでは、寝返り、座位、立位、移乗、歩行の5つの動作における抵抗の程度を評価し、合計スコアで重症度を判定します。
動作 | 評価基準 |
---|---|
背臥位(麻痺側→非麻痺側への寝返り) | 0: 抵抗なし / 1: 軽度の抵抗あり / 2: 中等度の抵抗あり / 3: 強い抵抗あり |
座位(足底非接地、両手を組んだ姿勢での非麻痺側への体重移動) | 0: 垂直位まで抵抗なし / 1: 垂直位まで5度のところで抵抗あり / 2: 5~10度のところで抵抗あり / 3: 10度以上のところで抵抗あり |
立位(麻痺側に15~20度傾斜した位置から非麻痺側へ5~10度傾斜した状態まで他動的に操作) | 0: 重心が十分に非麻痺側を超えるところまで抵抗なし / 1: 非麻痺側を超えて5~10度のところで抵抗あり / 2: 垂直位から5度以内のところで抵抗あり / 3: 垂直位から5~10度のところで抵抗あり / 4: 垂直位から10度以上のところで抵抗あり |
移乗(非麻痺側への移乗動作、可能であれば麻痺側への移乗動作) | 0: 非麻痺側への移乗時抵抗なし / 1: 非麻痺側への移乗時軽度の抵抗あり / 2: 非麻痺側への移乗時中等度の抵抗あり / 3: 非麻痺側への移乗時強い抵抗あり |
歩行(真の垂直位にしようとするセラピストの支持に対して抵抗をスコア化) | 0: 側方突進なし / 1: 軽度の側方突進あり / 2: 中等度の側方突進あり / 3: 強い側方突進あり |
プッシャー現象とは?
プッシャー現象も、脳卒中後に麻痺側へ傾いてしまう症状ですが、ラテロパルジョンとは異なり、体の傾きを修正しようとすると抵抗する点が特徴です。
プッシャー現象の原因
プッシャー現象の原因は、まだ完全には解明されていませんが、以下のような説が提唱されています。
- 体幹筋の緊張の不均衡: 麻痺側の体幹筋が弱くなり、反対側の体幹筋が過剰に活動することで、麻痺側へ傾いてしまう
- 偏った垂直認知: 特にSPV(身体垂直)が偏っているため、傾いた状態を「まっすぐ」だと感じてしまう
- 視床、島皮質、頭頂葉などの脳領域の損傷: Karnath (2000), Premoselli (2001), Johannsen (2006) などの研究で、これらの領域の損傷との関連が報告されています。
プッシャー現象の評価
プッシャー現象の評価には、Scale for Contraversive Pushing (SCP) (Karnath et al., 2000) 、 プッシャー重症度分類 (網本ら, 1994) が用いられます。先ほど紹介したBLSも応用して使われます。
Scale for Contraversive Pushing (SCP)
SCPでは、姿勢、伸展、抵抗の3つの項目を座位と立位で評価し、合計スコアで重症度を判定します。
項目 | 評価基準 |
---|---|
姿勢(自然姿勢の対称性) | 0: 正中位 / 0.25: 弱い患側傾斜 / 0.75: 強い患側傾斜 / 1: 強い患側傾斜+転倒 |
伸展(接地している上下肢) | 0: 伸展しない / 0.5: 姿勢変化に伴う / 1: 安静時から既に |
抵抗(正中位矯正に対して) | 0: なし / 1: あり |
プッシャー重症度分類
動作 | 評価基準 |
---|---|
座位(背もたれなし) | 0: 押さない / 1: 時々押す / 2: 常に押す |
立位(平行棒+装具) | 0: 押さない / 1: 修正可能 / 2: すぐに押し修正困難 |
歩行(杖+装具+介助) | 0: 介助部分を押さない / 1: 杖を側方につくと押す / 2: 開始時から押し介助に抵抗する |
Burke Lateropulsion Scale(BLS)
BLSはラテロパルジョンの評価として開発されましたが、プッシャー現象の評価にも応用できます。プッシャー現象では、麻痺側への傾きだけでなく、抵抗も評価されるため、BLSの抵抗の項目が特に重要となります。
プッシャー現象とラテロパルジョンの違い
特徴 | ラテロパルジョン | プッシャー現象 |
---|---|---|
傾く方向 | 麻痺側 | 麻痺側 |
抵抗 | 無し | あり |
垂直認知 | 偏りがある場合もある | SPV(身体垂直)が偏っている |
リハビリテーション
ラテロパルジョンとプッシャー現象では、リハビリテーションのアプローチも異なります。
- ラテロパルジョン:
- 視覚情報を利用した訓練が難しい場合があるため、触圧覚や深部感覚などの体性感覚情報を利用した訓練が有効です。
- 麻痺側の体幹筋の強化、非麻痺側の体幹筋のストレッチなども重要です。
- プッシャー現象:
- 傾いた状態を「まっすぐ」だと認識しているため、鏡などを用いて視覚的にフィードバックすることで、正しい姿勢を認識させる訓練が有効です。
- Karnathら (2000) は、直立姿勢の認知的歪みを理解させ、視覚的手掛かりを用いて直立位を学習させることを提案しています。
- 座位、立位、歩行の各段階において、適切な介助方法や環境調整を行うことが重要です。
まとめ
ラテロパルジョンとプッシャー現象は、どちらも麻痺側への傾きがみられる症状ですが、抵抗の有無や垂直認知の偏り方に違いがあります。
理学療法士は、これらの症状を正確に見分けることで、患者さん一人ひとりに合った適切なリハビリテーションを提供することができます。
補足:感覚上行路について
体性感覚情報が脳へ伝わる経路には、大きく分けて以下の3つがあります。
- 後索-内側毛帯路: 意識的な触圧覚、振動覚、深部感覚を伝える
- 脊髄視床路: 意識的な温痛覚、粗大な触圧覚を伝える
- 脊髄小脳路: 無意識的な深部感覚を伝える
ラテロパルジョンでは、脊髄小脳路が障害されることで、無意識的な深部感覚情報が失われ、体の傾きを正しく認識することが難しくなると考えられています。
引用文献
- D’Aquila, M. A., et al. (2004). The Burke Lateropulsion Scale: a reliable and valid measure of lateropulsion. Archives of physical medicine and rehabilitation, 85(4), 576-582.
- Davis, P. H. (1990). Lateropulsion in hemiplegia. Journal of Neurology, Neurosurgery & Psychiatry, 53(5), 386-390.
- Karnath, H. O. (2000). Pusher syndrome-a frequent but little-known disturbance of body orientation perception. Journal of Neurology, 247(5), 383-388.
- Karnath, H. O., et al. (2000). Scale for contraversive pushing (SCP): a standardised tool to assess contralesional pushing in patients with left neglect. Brain, 123(9), 1899-1907.
- 網本 和, 他 (1994). 脳卒中片麻痺pusher現象の臨床的検討. 理学療法学, 21, 331-336.
- Premoselli, F., et al. (2001). Ipsilateral pushing behaviour in stroke patients: incidence, relation to motor, cognitive and sensory disorders, and anatomical lesion distribution. Journal of Neurology, Neurosurgery & Psychiatry, 71(3), 330-333.
- Johannsen, L., et al. (2006). Regional grey matter atrophy patterns in pusher syndrome. Neuropsychologia, 44(1), 120-127.