はじめに:肩関節周囲炎リハビリの鍵は「病期」の理解
肩関節周囲炎(いわゆる五十肩、凍結肩)は、多くの方が経験するつらい症状の一つです。そのリハビリテーションは、炎症と疼痛の程度、そして関節可動域制限の状態を示す「病期」に応じて、適切なアプローチを選択することが極めて重要です。
2018年当時、私は「病期別の対応の違い」に着目し記事を作成しましたが、今回はその内容をアップデートし、各病期におけるリハビリテーションの具体的な進め方、注意点、そして患者さん自身ができるセルフケアについて、より深く掘り下げて解説します。
肩の痛みに悩む方、そしてその治療に携わる医療従事者の方々にとって、本記事が少しでもお役に立てれば幸いです。
肩関節周囲炎の3つの病期とそれぞれの特徴
肩関節周囲炎の経過は、一般的に以下の3つの病期に分けられます。それぞれの期間には個人差が大きいことを念頭に置いてください。
- 凍結進行期(炎症期・Painful Freezing Phase):約2~9ヶ月
- 主な症状:
- 明確な誘因なく始まる、あるいは軽微なきっかけで発症する肩関節の疼痛。
- 安静時痛や夜間痛が強く、特に夜間に痛みで目が覚めることも多い。
- 炎症が強く、自動運動・他動運動ともに可動域制限が徐々に進行する。
- 日常生活のふとした動作(髪をとかす、服を着替えるなど)で激痛が走ることがある。
- 病態: 関節包や滑液包に強い炎症が生じている時期。
- 主な症状:
- 凍結完成期(拘縮期・Frozen Phase):約4~12ヶ月
- 主な症状:
- 炎症期と比較して、安静時痛や夜間痛は軽減する傾向にある。
- 疼痛は、主に可動域の最終域で感じられるようになる。
- 関節可動域制限は著明となり、特に外旋(腕を外に回す動き)や結帯動作(背中に手を回す動き)が困難になる。
- 肩を動かさなければ痛みは少ないが、固まって動かないという自覚が強くなる。
- 病態: 炎症は沈静化しつつあるが、関節包や周囲の軟部組織が肥厚・癒着し、拘縮が完成している時期。
- 主な症状:
- 寛解期(解氷期・Thawing Phase):約12~42ヶ月以上
- 主な症状:
- 疼痛はさらに軽減し、日常生活での支障は少なくなる。
- 関節可動域が徐々に自然と改善してくる。
- ただし、適切なリハビリテーションを行わない場合、一部可動域制限が残存することもある。
- 病態: 拘縮が徐々に解けていく時期。
- 主な症状:
病期別リハビリテーションの具体的な進め方と注意点
各病期に応じたリハビリテーションの目標と具体的なアプローチは異なります。
1. 凍結進行期(炎症期)のリハビリテーション
- 目標:
- 疼痛のコントロールと軽減。
- 炎症の鎮静化。
- 過度な安静による二次的な拘縮の予防。
- 日常生活動作(ADL)の工夫と指導。
- 理学療法の対応:
- 疼痛管理:
- 安静の指示とポジショニング: 痛みの少ない肢位(例:腕の下にクッションを入れる、抱き枕の使用など)を指導し、夜間痛の軽減を図る。
- 物理療法: 寒冷療法(アイシング)や温熱療法(ホットパックなど、炎症の急性期を過ぎてから)、低周波治療などを状態に応じて選択。
- 薬物療法との連携: 医師の指示のもと、消炎鎮痛剤や注射療法と連携する。
- 愛護的な関節可動域運動:
- 目的: 疼痛を増強させない範囲で、癒着を防ぎ、残存機能を維持する。
- 方法:
- 振り子運動(コッドマン体操): 患者自身が痛みのない範囲で腕をぶらぶらと振る。
- 自動介助運動・他動運動: 痛みを伴わない範囲で、セラピストが愛護的に、あるいは患者自身が健側の手で患側を支えながら動かす。肩甲骨面(体に対して約30~45度前方)での挙上から開始することが多い。
- 防御性収縮を誘発しない: 強い抵抗感や痛みを感じる手前で止め、無理強いしないことが鉄則。
- 日常生活指導:
- 代償動作の獲得: 痛みを誘発しない動作方法(例:健側の手を積極的に使う、着替えの順番を工夫するなど)を指導する。
- 患部の保護: 不意な動作で痛みを誘発しないよう注意を促す。
- 隣接関節へのアプローチ: 頸部、胸椎、肩甲帯など、肩関節以外の部位の柔軟性や機能を維持・改善することも、肩への負担軽減に繋がる。
- 疼痛管理:
2. 凍結完成期(拘縮期)のリハビリテーション
- 目標:
- 関節可動域の最大限の改善。
- 筋力の維持・向上。
- 日常生活動作のさらなる改善。
- 理学療法の対応:
- 積極的な関節可動域運動:
- 目的: 肥厚・癒着した関節包や軟部組織の伸張性を回復させる。
- 方法:
- 他動的伸張運動(ストレッチング): セラピストが様々な方向に持続的な伸張を加える。特に制限されやすい外旋、内旋、屈曲、外転、伸展方向へアプローチする。
- 自動的伸張運動: 患者自身が壁や棒などを使って、テコの原理を利用しながらストレッチを行う。
- PNF(固有受容性神経筋促通法)テクニック: 筋の相反抑制や自己抑制を利用して、より効果的に可動域を拡大する。
- 注意点: 炎症期ほどではないが、痛みの程度を確認しながら、無理のない範囲で徐々に負荷を上げていく。運動後に強い痛みが残る場合は、強度や頻度を調整する。
- 筋力強化運動:
- 目的: 関節可動域が改善しても、筋力が伴わなければ実用的な動きに繋がりません。肩関節周囲筋(特に棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋などの回旋筋腱板、三角筋、僧帽筋など)の筋力低下を防ぎ、強化する。
- 方法: 等尺性運動(関節を動かさずに力を入れる)から開始し、徐々にゴムチューブや軽い重りを用いた等張性運動へ移行する。
- 協調性運動: 肩甲骨と上腕骨の適切な運動リズム(肩甲上腕リズム)を再学習し、よりスムーズで効率的な動きを獲得する。
- 積極的な関節可動域運動:
3. 寛解期(解氷期)のリハビリテーション
- 目標:
- 最終的な関節可動域の獲得。
- 筋力と持久力のさらなる向上。
- スポーツや趣味活動への復帰支援。
- 再発予防。
- 理学療法の対応:
- 機能的な運動療法: より複雑で、日常生活や仕事、スポーツ動作に近い形での運動を取り入れ、実用的な機能回復を目指す。
- 筋力・持久力トレーニングの継続と強化: 必要に応じて負荷を上げ、より高いレベルの活動に対応できる筋力を養う。
- セルフケアと自主トレーニングの徹底:
- この時期には医療機関でのリハビリは終了していることも多い。獲得した可動域や筋力を維持・向上させ、再発を予防するためには、患者自身による自主トレーニングやストレッチの継続が不可欠。
- 具体的な運動メニューの作成、正しいフォームの指導、モチベーション維持のための工夫などを丁寧に指導する。
- 生活習慣の見直し: 肩に負担のかかる姿勢や動作の修正、適度な運動習慣の確立などを支援する。
考察:長期的な視点と患者教育の重要性
肩関節周囲炎の経過は数ヶ月から数年に及ぶことがあり、特に理学療法士が直接関与できる期間は、凍結進行期から凍結完成期が中心となることが多いです。しかし、その後の寛解期における自然な回復を最大限に引き出し、良好な状態を維持するためには、**初期の段階から患者さん自身が病態を理解し、主体的にリハビリテーションに取り組めるよう支援すること(患者教育)**が極めて重要です。
具体的には、
- 各病期の特徴と、その時期に行うべきこと・避けるべきことを分かりやすく説明する。
- 痛みのメカニズムや、なぜ可動域制限が起こるのかを理解してもらう。
- 自主トレーニングの具体的な方法、回数、注意点を丁寧に指導し、実際に正しく行えているかを確認する。
- 日常生活での注意点や工夫を具体的にアドバイスする。
- 回復には時間がかかることを伝え、焦らず根気強く取り組むことの重要性を理解してもらう。
これらの「デイリーコントロール」を患者さん自身が行えるように導くことが、理学療法士の大きな役割の一つと言えるでしょう。
おわりに
肩関節周囲炎のリハビリテーションは、画一的なものではなく、患者さん一人ひとりの病期、症状、生活背景に合わせた個別性の高いアプローチが求められます。本記事が、その一助となれば幸いです。痛みが改善し、再び快適な日常生活を送れるよう、焦らずじっくりと取り組んでいきましょう。