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腱板断裂の基礎知識:理学療法士が押さえるべき疫学・症状・痛みのメカニズム

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目次

はじめに:「腱板断裂って何?」不安を解消する最初の一歩

「腱板断裂の患者さんを担当することになったけど、正直よく分からない…」 「学校では肩関節について詳しく習った記憶があまりない…」

理学療法士として臨床に出ると、様々な疾患の患者さんを担当する機会があります。中でも肩関節疾患、特に「腱板断裂」は遭遇する頻度が高いにも関わらず、その病態や評価、治療について苦手意識を持っている方も少なくないのではないでしょうか。

この記事では、2018年当時の私の学びを元に、腱板断裂に関する基本的な知識(疫学、症状、痛みのメカニズムなど)を、2025年の視点から情報をアップデートし、分かりやすく解説していきます。腱板断裂の患者さんを初めて担当する方や、基礎知識を再確認したい方にとって、不安を解消し、自信を持って臨床に臨むための一助となれば幸いです。

1. 腱板断裂とは? – 肩の安定と動きを支える重要な組織

まず、腱板断裂を理解するためには、「腱板」そのものの役割を知ることが不可欠です。

腱板(ローテーターカフ)とは? 腱板は、肩甲骨から上腕骨の骨頭(腕の骨の先端部分)を取り囲むように付着している4つの筋肉の腱(筋肉が骨に付着する部分)の総称です。

  • 棘上筋(きょくじょうきん): 腕を横に上げる(外転)動作の開始に主に働く。
  • 棘下筋(きょくかきん): 腕を外側にひねる(外旋)動作を助ける。
  • 小円筋(しょうえんきん): 腕を外側にひねる(外旋)動作を助ける。
  • 肩甲下筋(けんこうかきん): 腕を内側にひねる(内旋)動作を助ける。

これらの筋肉がバランス良く働くことで、肩関節をスムーズに動かし、かつ関節窩(肩甲骨の受け皿)に対して上腕骨頭を安定させるという、非常に重要な役割を担っています。

腱板断裂の状態 腱板断裂とは、この4つの腱板筋のいずれか、あるいは複数が、部分的または完全に切れてしまった状態を指します。断裂の大きさや深さも様々です。

2. 腱板断裂の疫学 – どんな人に起こりやすい?

腱板断裂の発生には、いくつかの特徴的な傾向が見られます。

  • 好発年齢: 40歳以上の男性に多く見られ、特に60歳代がピークとされています。加齢に伴う腱の変性(もろくなること)が背景にあると考えられます。
  • 性差: 男性が約62%、女性が約38%と、男性にやや多い傾向があります。
  • 利き手との関連: 男性の右肩(利き手側)に発症しやすいという報告もあり、肩の使いすぎ(オーバーユース)や繰り返される微細な損傷が原因の一つとして推測されています。
  • 無症候性断裂の存在: 肩の痛みや機能障害がない人でも、画像検査を行うと腱板断裂が見つかる「無症候性断裂」も少なくないことが知られています。

これらの疫学情報を知っておくことは、患者さんの背景を理解し、リスク因子を考慮する上で役立ちます。

3. 腱板断裂の主な症状 – 痛み、筋力低下、そして動きの制限

腱板断裂の症状は、断裂の大きさや部位、受傷機転(ケガの有無)、個人の活動レベルなどによって異なりますが、主に以下の3つの特徴的な症状が現れます。

3.1. 疼痛(いたみ)

  • 夜間時痛: 特に特徴的な症状の一つで、夜寝ている時に肩が痛んで目が覚める、痛い方の肩を下にして寝られないといった訴えが多く聞かれます。これは、臥位になることで肩峰下のスペースが狭くなったり、炎症物質が溜まりやすくなったりするためと考えられています。
  • 運動時痛:
    • 腕を上げたり、後ろに回したり、物を持ち上げたりする際に痛みが生じます。
    • 特に肩をひねる動作(内外旋)で疼痛が誘発されやすいのが特徴です。これは、腱板筋の多くが肩関節の回旋運動に関与しており、断裂部やその周囲が伸張されたり、収縮したりすることで痛みが生じるためです。
  • 安静時痛: 炎症が強い時期や、断裂が大きい場合には、安静にしていてもズキズキとした痛みを感じることがあります。
  • ペインフルアークサイン (Painful Arc Sign): 腕を横から上げていく際、特定の角度(一般的に60度~120度の範囲)で痛みが強く出現し、それ以外の角度では痛みが軽減または消失する現象です。これは、肩峰下で腱板や滑液包が挟み込まれる(インピンジメント)ことによって生じると考えられています。

3.2. 筋力低下

  • 腱板筋の機能不全: 腱板が断裂すると、その筋肉が正常に力を発揮できなくなるため、肩を動かす筋力が低下します。
  • 外転筋力の低下: 特に棘上筋は肩関節の外転(腕を横に上げる)の初期動作に重要であるため、棘上筋の断裂では外転筋力の低下が顕著に見られます。
  • 回旋筋力の低下: 棘下筋・小円筋(外旋)、肩甲下筋(内旋)の断裂では、それぞれの回旋筋力が低下します。
  • 偽性麻痺 (Pseudoparalysis): 広範囲な腱板断裂や、強い痛みによって、あたかも神経麻痺が起きたかのように腕が全く上がらなくなる状態を指すことがあります。

3.3. 関節拘縮(可動域制限)

  • 疼痛による運動制限 (偽性拘縮): 痛みを避けるために肩を動かさなくなることで、二次的に関節が硬くなってしまう状態です。
  • 組織の癒着・肥厚による真性拘縮:
    • 烏口上腕靭帯・関節包の拘縮: 肩関節を包む関節包や、その一部である烏口上腕靭帯などが、炎症や不動によって硬くなり、可動域を制限します。
    • 肩峰下滑液包(SAB)の癒着・肥厚: 肩峰と腱板の間でクッションの役割を果たす肩峰下滑液包が、炎症によって肥厚したり、周囲組織と癒着したりすると、肩の動きを妨げ、痛みの原因となります。
  • インピンジメントによる可動域制限:
    • 肩峰下インピンジメント (Subacromial Impingement): 肩関節を挙上する際に、肩峰下滑液包や腱板が肩峰と上腕骨頭の間に挟まれることで、可動域制限と疼痛が生じます。これがペインフルアークの原因の一つと考えられています。
    • 関節内インピンジメント (Internal Impingement): 特に腕を外転・外旋するような投球動作などで、腱板の関節面側(関節に近い部分)が上腕骨頭と関節窩後上方(肩甲骨の受け皿の後ろ上部)の関節唇との間で挟まれることで生じます。これは、肩甲骨と上腕骨の複合運動(肩甲上腕リズム)の異常が原因となることが多く、特に肩甲骨の動きが減少したり、異常な方向に動いたりすることが関与すると言われています。

4. 腱板断裂の痛みのメカニズム – なぜ、どのように痛むのか?

腱板断裂の痛みは、単に「腱が切れたから痛い」というだけではありません。その背景には、以下のような複数の要因が複雑に絡み合っています。

  • 断裂部周囲の炎症: 腱が断裂すると、その部分や周囲の組織(肩峰下滑液包など)に炎症が生じ、発痛物質が放出されて痛みを引き起こします。
  • インピンジメント(衝突・挟み込み):
    • 肩峰下インピンジメント: 腱板の機能低下により、腕を上げる際に上腕骨頭が適切に関節窩内で滑らず、腱板や滑液包が肩峰と骨頭の間で圧迫されたり挟まれたりして痛みが生じます。
    • 関節内インピンジメント: 特定の動作で、断裂した腱の一部や関節唇が関節内で挟み込まれることで痛みが生じます。
  • 組織の伸張ストレス:
    • 断裂した腱の断端や、炎症を起こして硬くなった関節包、癒着した滑液包などが、肩を動かす際に引き伸ばされることで痛みが生じます。
    • 特に、肩関節を伸展位や内転位にすると、腱板筋が伸張され、断裂部に張力が加わることで痛みが誘発されやすくなります。
  • 滑膜炎を伴う関節包の異常:
    • 関節を包む関節包の内側にある滑膜は、痛覚神経が豊富に分布しています。腱板断裂による関節内の不安定性や変性、摩耗などによって滑膜炎が起こると、強い痛みを感じやすくなります。
    • また、炎症が長引くと関節包自体が肥厚・拘縮し、伸張性が低下するため、動かした際の痛みの原因となります。

理学療法士は、これらの痛みのメカニズムを理解した上で、詳細な評価を行い、個々の患者さんの痛みの主な原因を特定し、それに応じたアプローチを選択していくことが重要です。

考察:基礎知識の理解が、質の高い臨床推論への第一歩

今回は、腱板断裂の疫学、症状、そして痛みのメカニズムという、非常に基本的な内容について整理しました。これらの基礎知識は、いわば腱板断裂を理解するための「土台」です。

臨床現場では、教科書通りにいかないケースも多々ありますが、この土台となる知識がしっかりしていればこそ、個々の患者さんの状態を正確に把握し、適切な臨床推論を行い、効果的な治療へと繋げていくことができます。

特に、腱板断裂の痛みは、断裂部そのものだけでなく、二次的に生じる炎症や、正常な関節機能の破綻によるインピンジメント、周囲組織への過剰な負担など、様々な要因が絡み合って発生することを理解しておくことは、治療戦略を立てる上で非常に重要です。

この記事で整理した点が、皆さんの臨床における評価や治療の一助となり、患者さんの苦痛を少しでも和らげることに繋がれば幸いです。

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