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膝痛の鑑別診断:理学療法士が見逃せない4つの重要疾患とトリアージのポイント

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目次

はじめに:「変形性膝関節症だろう」で終わらせない!潜むリスクを見抜く視点

「膝が痛い」という主訴で来院される患者さん。多くの場合、変形性膝関節症(Osteoarthritis of the knee: OA膝)と診断されることが多いかもしれません。しかし、理学療法士として臨床に立つ以上、「本当にOA膝だけだろうか?」「他に重大な疾患が隠れていないだろうか?」というクリティカルな視点を持つことは非常に重要です。

特に、診断が確定する前や、保存療法でリハビリテーションが開始されたものの思うように改善しないケースでは、他の疾患の可能性を念頭に置いた評価と、必要に応じた医師への情報提供(上申)が求められます。

この記事では、2018年当時の私の学びを元に、変形性膝関節症と症状が類似し、見逃すと重大な結果を招きかねない4つの疾患(化膿性関節炎、骨肉腫、大腿骨顆部特発性骨壊死、脆弱性骨折)について、その特徴とトリアージ(重症度・緊急度に基づいた対応の優先順位付け)のポイントを、2025年の視点から情報をアップデートし、詳しく解説していきます。

1. なぜトリアージが重要なのか?理学療法士の役割

理学療法士は診断を行う立場ではありませんが、患者さんの状態を最も詳細に評価し、変化を捉えることができる専門職の一つです。そのため、以下のような役割が期待されます。

  • レッドフラッグの早期発見: 重篤な疾患を示唆する危険な兆候(レッドフラッグ)を見抜き、速やかに医師へ報告する。
  • 鑑別診断への貢献: 詳細な問診や身体所見から得られた情報を医師に提供し、診断の精度向上に貢献する。
  • 不適切なリハビリテーションの回避: 重篤な疾患を見逃したままリハビリテーションを行うと、症状を悪化させたり、治療の遅れを招いたりする可能性があります。

これらの役割を果たすためには、変形性膝関節症以外の疾患に関する知識と、それらを疑うための視点を持つことが不可欠です。

2. 見逃してはいけない!膝痛をきたす4つの重要疾患とトリアージのポイント

ここでは、変形性膝関節症と症状が類似しうるものの、緊急性の高い対応や専門的な治療が必要となる4つの疾患について、それぞれの特徴とトリアージのポイントを解説します。

2.1. 化膿性関節炎 (Septic Arthritis)

  • 疾患概要: 関節内に細菌が侵入し、急性の炎症を引き起こす感染症です。膝関節は股関節に次いで好発部位とされています。急速に関節破壊が進行し、放置すると敗血症など生命に関わる状態になる可能性もあるため、緊急性の高い疾患です。
  • トリアージのポイント(レッドフラッグ):
    • 急激な発症: 数時間~数日単位で急速に症状が悪化します。
    • 高度な疼痛: 安静時痛や夜間痛が非常に強く、わずかな動きでも激痛を伴います。
    • 著明な腫脹・熱感・発赤: 関節周囲に明らかな炎症兆候が見られます。
    • 発熱・悪寒・倦怠感などの全身症状: 感染症を示唆する全身症状を伴うことが多いです。
    • 関節可動域の著しい制限: 疼痛と腫脹により、自動・他動運動ともに著しく制限されます。
  • 診断のポイント:
    • 血液検査: 白血球数(WBC)の著明な増加、CRP(C反応性タンパク)の高値、赤沈の亢進など、強い炎症反応を示します。
    • 関節穿刺・関節液検査: 関節液を採取し、細菌培養検査で起炎菌を同定できれば確定診断となります。関節液の白血球数も著しく増加します。
    • 画像検査: X線では初期には変化が乏しいことが多いですが、進行すると関節裂隙の狭小化や骨破壊像が見られることがあります。MRIや超音波検査は、関節液貯留や滑膜炎の評価に有用です。
  • 理学療法士としての対応: 上記のレッドフラッグを認めた場合は、直ちにリハビリテーションを中止し、速やかに医師に報告する必要があります。早期の診断と、抗菌薬投与や関節内洗浄などの適切な治療が不可欠です。

2.2. 骨肉腫 (Osteosarcoma)

  • 疾患概要: 骨に発生する悪性腫瘍(がん)の一種です。10歳代の若年層に好発し、大腿骨遠位部(膝関節周囲)や脛骨近位部(膝関節周囲)が発生しやすい部位とされています。
  • トリアージのポイント(レッドフラッグ):
    • 持続的かつ進行性の疼痛: 特に安静時痛や夜間痛が特徴的で、徐々に増強します。
    • 原因不明の腫脹・熱感: 関節周囲に限局した腫れや熱感を認めることがあります。
    • 体重減少、食欲不振、原因不明の発熱などの全身症状: 進行した場合に見られることがあります。
    • X線画像での異常所見: 骨破壊像、骨膜反応(Codman三角など)、腫瘍骨形成像など、特徴的な所見が見られることがあります。
  • 診断のポイント:
    • 画像検査: X線、CT、MRI、骨シンチグラフィーなどが用いられます。特にMRIは腫瘍の広がりや周囲組織への浸潤を評価するのに有用です。
    • 生検(組織検査): 確定診断のためには、腫瘍組織の一部を採取して病理学的に検査する必要があります。
  • 理学療法士としての対応: 特に若年者で、原因不明の持続的な膝関節周囲の疼痛や腫脹を認める場合は、悪性腫瘍の可能性も念頭に置く必要があります。疑わしい所見があれば、安易なマッサージや温熱療法は避け、速やかに医師に相談・報告することが重要です。早期発見・早期治療が予後を大きく左右します。

2.3. 大腿骨顆部特発性骨壊死 (Spontaneous Osteonecrosis of the Knee: SONK)

  • 疾患概要: 明らかな原因なく、大腿骨の内側顆(稀に外側顆)の荷重部に骨壊死が生じる疾患です。60歳以上の高齢女性に好発します。
  • トリアージのポイント(レッドフラッグ):
    • 急激な膝内側痛で発症: 明確な誘因なく、突然強い膝の内側の痛みで発症することが多いです。
    • 著明な夜間時痛: 夜間に痛みが強くなる傾向があります。
    • 限局した圧痛: 大腿骨内側顆に強い圧痛を認めます。
    • 初期のX線所見に乏しい: 発症初期はX線写真で明らかな異常が見られないことが多く、診断が遅れることがあります。
  • 診断のポイント:
    • MRI検査: 早期診断に最も有用です。T1強調画像で骨壊死領域が低信号域として描出され、T2強調画像や脂肪抑制T2強調画像では骨髄浮腫を高信号域として捉えることができます。
    • X線検査(進行期): 進行すると、大腿骨内側顆の荷重部に関節面の陥凹や、その周囲に骨硬化像を伴う半月状の透亮像(crescent sign)が見られることがあります。
  • 理学療法士としての対応: 高齢女性で、急激な膝内側痛と夜間痛を訴える場合は、SONKを疑う必要があります。X線で異常がなくても、症状が強い場合はMRI検査の必要性について医師に相談することを検討します。保存療法では免荷や薬物療法、運動療法が行われますが、進行した場合は骨切り術や人工関節置換術が必要となることもあります。理学療法では、疼痛管理、可動域維持、筋力維持、そして何よりも免荷指導が重要となります。

2.4. 脆弱性骨折 (Insufficiency Fracture / Stress Fracture)

  • 疾患概要: 骨粗鬆症などにより骨強度が低下した状態で、明らかな外傷なく、日常生活レベルの軽微な負荷の繰り返しによって生じる骨折です。膝関節周囲では、脛骨内側顆や大腿骨内側顆に好発します。
  • トリアージのポイント(レッドフラッグ):
    • 骨粗鬆症を有する高齢女性に多い。
    • 荷重時痛: 歩行や体重をかけた際に、膝の内側に痛みが生じます。安静にすると軽減する傾向があります。
    • 限局した圧痛: 関節裂隙よりもやや遠位の脛骨内側顆、あるいは大腿骨内側顆に圧痛を認めることが多いです。
    • X線所見に乏しい場合がある: 初期にはX線で骨折線が不明瞭なことがあります。
  • 診断のポイント:
    • MRI検査: 早期診断に非常に有用です。T1強調画像で骨折線や周囲の骨髄浮腫を低信号域として、T2強調画像やSTIR画像では高信号域として捉えることができます。
    • 骨シンチグラフィー: 骨代謝が亢進している部位に集積像が見られ、診断の助けとなります。
    • X線検査(経過観察): 時間が経過すると、骨折線が明瞭になったり、仮骨形成が見られたりすることがあります。
  • 理学療法士としての対応: 骨粗鬆症の既往がある高齢女性が、明らかな外傷なく膝内側の荷重時痛を訴える場合は、脆弱性骨折を疑います。圧痛部位が関節裂隙からずれている場合は特に注意が必要です。診断が確定するまでは、過度な荷重やストレスを避け、免荷や部分荷重での歩行指導を行います。骨癒合を妨げない範囲での関節可動域訓練や筋力維持訓練が中心となります。

考察:常に「なぜ?」と問い続け、見逃しを防ぐ

今回挙げた4つの疾患は、初期には変形性膝関節症と症状が類似していることがあり、診断に苦慮するケースも少なくありません。しかし、それぞれに特徴的な症状や検査所見があり、これらを念頭に置いて評価を進めることで、見逃しのリスクを減らすことができます。

理学療法士として重要なのは、

  • 詳細な問診: 発症様式、痛みの性質・部位・時間帯、随伴症状などを丁寧に聴取する。
  • 的確な身体所見: 圧痛部位、腫脹・熱感の有無、可動域制限のパターン、特殊テストの結果などを正確に評価する。
  • 画像所見の読影能力(補助的): 医師の診断の補助として、X線やMRIの基本的な読影ポイントを理解しておく。
  • 「何かおかしい」という臨床的直感(クリニカルパール)を大切にする: 教科書的な知識だけでなく、経験からくる「違和感」を無視しない。
  • 他職種との連携: 疑わしい所見があれば、速やかに医師に報告し、必要な検査や治療に繋げる。

これらの疾患は、変形性膝関節症の治療中に併発したり、あるいは他の疾患でリハビリテーションを受けている患者さんが新たに膝痛を訴えたりする場合にも考慮する必要があります。常に「なぜこの症状が出ているのか?」と問い続ける姿勢が、見逃しを防ぎ、患者さんの安全と健康を守ることに繋がります。

まとめ:膝痛の奥に潜むサインを見逃さないために

変形性膝関節症は非常に頻度の高い疾患ですが、全ての膝痛がそれであるとは限りません。時には、緊急性の高い疾患や、専門的な治療を要する疾患が隠れている可能性もあります。

理学療法士は、幅広い知識と鋭い観察眼を持ち、患者さんの訴えや所見から、その背景にある病態を推測し、適切な対応をとる能力が求められます。この記事で紹介した4つの疾患の特徴とトリアージのポイントが、皆さんの日々の臨床における「気づき」の一助となり、患者さんのより良い予後に貢献できることを願っています。

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