アキレス腱炎、膝蓋腱炎(ジャンパー膝)、上腕骨外側上顆炎(テニス肘)…これらは「慢性腱炎」と呼ばれる、私たち理学療法士が臨床でしばしば遭遇し、時に治療に難渋する状態です。
一般的な治療としては、安静、非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)の使用、湿布などの外用剤、ストレッチングなどがまず試され、改善が見られない場合にはステロイド注射などが検討されることもあります。しかし、理学療法を行ってもなかなか改善しないケースも少なくありません。(私の病院では比較的まれですが、その分、遭遇した際には知識不足を痛感します。)
今回は、この慢性腱炎に対するアプローチの考え方を大きく変える可能性のある、世界的な潮流について、学んだことを整理・共有したいと思います。それは、一見すると私たちの常識とは逆行するかもしれない、「痛みを伴う運動療法」の有効性です。
「慢性腱炎」は“炎症”ではない? まずは病態の理解から
最初に押さえておくべき最も重要な点は、「慢性腱炎」という名前にも関わらず、その本態は“炎症”ではなく、腱組織の“変性”であるということです(腱症:Tendinopathyとも呼ばれます)。
慢性化した腱では、
- 炎症細胞はほとんど見られない。
- 腱を構成するコラーゲン線維が不規則に配列したり、微細な断裂を起こしたりしている(構造的な劣化)。
- 腱の修復過程で、異常な新生血管と共に、新しい神経線維が発芽・増生する。
この異常に増えた神経線維が痛みの主な原因となると考えられています。つまり、急性期の炎症とは全く異なる状態なのです。
なぜ「痛みを伴う運動」が効くのか? 腱の再構築メカニズム
この「腱の変性」という病態を理解すると、なぜ痛みを伴う運動療法が有効なのかが見えてきます。
世界的な研究の流れとして、慢性腱炎に対しては、痛みを伴う、強い「遠心性収縮(伸張性収縮)」を伴う運動療法が効果的であることが示されてきています。
そのメカニズムの鍵は、「腱の再構築(リモデリング)」にあります。
- 変性した腱の「破壊」: 痛みを伴うような強い負荷(特に遠心性収縮)をかけることで、変性し劣化した腱組織に意図的に微細な損傷を与えます。
- 修復プロセスの活性化: この微細損傷が引き金となり、腱の修復プロセスが活性化されます。
- 健全なコラーゲン線維の産生促進: 修復過程で、より細く、しなやかな小径コラーゲン線維(Type III コラーゲンなど)の産生が促されます。これが最終的に、より強固で正常な配列を持つType I コラーゲンへと再構築されていくと考えられています。
- 遠心性収縮の優位性: この腱の再構築プロセスを促進する上で、筋肉が伸ばされながら力を発揮する遠心性収縮が、筋肉が縮みながら力を発揮する求心性収縮や、長さを変えずに力を発揮する等尺性収縮と比較して、特に有効であるとされています。
つまり、あえて痛みを伴う強い負荷(特に遠心性収縮)をかけることで、変性した腱組織を一度「破壊」し、より健全な組織へと「再構築」するプロセスを促すことが、この治療法の本質と言えます。
このアプローチは、慢性腱炎の重症度に関わらず有効性が示唆されている論文もあり、注目されています。
ストレッチ併用の可能性:複合的なアプローチへ
さらに最近では、遠心性収縮運動だけでなく、適切なストレッチングを併用することで、より高い治療効果が得られる可能性も示唆されています。腱とその周囲組織の柔軟性を改善することも、症状改善には重要なのかもしれません。
臨床での応用と注意点:パラダイムシフトを受け入れる
この「痛みを伴う運動療法」という考え方は、基本的に「痛みを出さないように介入する」という従来の理学療法の原則とは異なるため、戸惑いを感じる方もいるかもしれません。
しかし、重要なのは、病態(急性炎症なのか、慢性的な変性なのか)を正確に理解し、それに応じた適切なアプローチを選択することです。慢性腱炎(腱症)のような特定の状態においては、「痛みを避ける」ことが必ずしも最善ではなく、むしろ管理された範囲内での「痛みを伴う負荷」が治癒を促進する場合がある、ということを知っておく必要があります。
もちろん、このアプローチを臨床で用いる際には、
- 正確な診断と評価: 本当に慢性腱炎(腱症)なのか、他の病態が隠れていないか、慎重に見極める。
- 患者さんへの十分な説明と同意: なぜ痛みを伴う運動が必要なのか、そのメカニズムと目的を丁寧に説明し、理解と納得を得る。
- 適切な運動処方: 負荷の強度、回数、頻度、痛みの許容範囲などを個別性に合わせて設定し、モニタリングする。
- 痛みの質の評価: 運動中の痛みが「腱の再構築を促すための痛み」なのか、それとも「組織をさらに損傷させる危険な痛み」なのかを区別する。
といった、専門家としての知識と判断、そして患者さんとの丁寧なコミュニケーションが不可欠です。
まとめ:知識をアップデートし、最適なケアを
今回は、慢性腱炎(腱症)に対する、一見常識破りにも思える「痛みを伴う遠心性収縮運動」というアプローチについて、その理論的背景と臨床的な意義を整理しました。
すべての疾患に当てはまるわけではありませんが、「痛み=悪」と短絡的に捉えるのではなく、その痛みが何を意味しているのか、そしてその病態に対して科学的根拠に基づいた最適なアプローチは何か、を常に問い続ける姿勢が重要だと改めて感じました。
私たち理学療法士は、日々進歩する医学の知識を学び続け、目の前の患者さんにとって最善のケアを提供できるよう、常に自身の知識と技術をアップデートしていく必要があると、強く思います。