こんばんは。PTケイです。
理学療法士として患者さんと向き合っていると、不思議に思う場面に出くわすことがあります。
- まだ触れていないのに、触れるふりをしただけで「痛い!」と訴えられる方
- 特に声かけせずに動かすと痛みを強く訴えるのに、安心させる言葉をかけながら、ゆっくり動作を誘導すると同じ動きでも「痛くない」とおっしゃる方
私たちセラピストは、こうした現象を経験的に知っていて、「まずは安心してもらうことが大切ですよ」と新人さんや学生さんに指導したりします。でも、なぜそんなことが起こるのでしょうか? 最近の勉強会で、そのメカニズムの一端が、脳の働き、特に「島皮質(とうひしつ)」と「扁桃体(へんとうたい)」という部位の活動で説明できる可能性があることを学びました。
今回は、この学びを整理し、痛みの感じ方に「心」や「予測」がどう関わっているのか、そしてそれが臨床でどう活かせるのかを探ってみたいと思います。
予測と不快感が痛みを増幅?:「島皮質」の働き
「触られる前から痛い」という現象。これは、痛みが「事前情報」や「予測」によって大きく影響を受けることを示唆しています。その鍵を握るのが、脳の島皮質という部分のようです。
- 島皮質の役割: 島皮質は、体の内部感覚(お腹が痛い、心臓がドキドキするなど)を認識するだけでなく、不快感、恐怖、怒りといったネガティブな感情にも深く関わっているそうです。
- 恐怖と痛みのリンク: 患者さんが「何かをされることで痛みが出るのではないか?」という強い恐怖や不安を感じていると、この島皮質が過剰に活動してしまうとのこと。
- 痛みの増強・誘発: 島皮質が活性化している状態では、実際に体に加わる刺激が弱いものであっても、あるいは侵害刺激(体に害を及ぼす刺激)でなくても、それが「痛み」として認識されやすくなったり、痛みがより強く感じられたりすることが起こりうるようです。まさに、「触れるふり」だけで痛みを感じてしまうメカニズムの一端がここにあるのかもしれません。
つまり、患者さんが抱える「これから起こるかもしれない痛み」への恐怖感が、島皮質を介して、実際の痛み体験を増幅させてしまう可能性がある、というわけです。
(専門的な話になりますが、皮膚への軽い接触刺激が、通常は痛みを伝えない神経経路を通るはずなのに、島皮質の過活動によって中枢で「痛み」として処理されてしまう…なんてことも起こりうるのでしょうか。この辺りはさらに勉強が必要ですね。)
「痛い=危険」という認識が鍵?:「扁桃体」の働き
次に注目したいのが扁桃体です。扁桃体は、情動(特に恐怖や不安)の処理に中心的な役割を果たすことで知られていますが、痛みとの関連も深いようです。
- 扁桃体の役割: 扁桃体は、入ってきた情報が「自分にとって危険かどうか、脅威となるか」を瞬時に判断する役割を担っています。
- 痛みと「有害」認識: 研究によると、痛みを「非常に有害なものだ」「危険なものだ」と強く認識している人は、そもそも扁桃体の活動レベルが高い傾向にある、という知見があるそうです。
- 痛みの慢性化との関連: さらに、ラットを用いた実験では、扁桃体の活動が高まっている状態だと、実際に体に侵害刺激が加わらなくても、慢性的な痛みのような状態が引き起こされてしまうことが分かっているとのこと。これは、扁桃体からの信号だけでも痛みが誘発されうる可能性を示唆しており、非常に興味深い点です。
- 不安との共通点: 不安障害(パニック障害、強迫性障害など)を持つ方は、不確実な状況に対して過剰な恐怖や不安反応を示しやすいことが知られていますが、これには扁桃体と島皮質の過活動が関与しているそうです。慢性的な痛みを抱える方が、どんな刺激で痛みが出るか予測できない状況に対して過剰な痛み反応を示してしまうのも、これと似たメカニズムが働いているのかもしれません。
つまり、扁桃体は、痛みに対する「これは危険だ!」というネガティブな認識や学習によって過活動し、それが痛みの感じ方や慢性化に影響を与えている可能性がある、ということです。
まとめ:痛みは「脳」で感じている – 島皮質と扁桃体の影響
今回の学びをまとめると、
- 島皮質は、「これから痛いかも」という予測や恐怖感によって活性化し、痛みを増幅させる可能性がある。
- 扁桃体は、「この痛みは危険だ」という認識や学習によって活性化し、痛みの感じ方や慢性化に関与している可能性がある。
ということになります。痛みは単なる体の信号ではなく、脳の中で感情や予測といった様々な要因によって加工され、最終的な「痛み体験」が作られている、ということが改めてよく分かりました。
臨床でどう活かすか? アプローチへのヒント
では、この島皮質や扁桃体の働きを理解した上で、私たちは臨床でどのように関わっていけるでしょうか?
【島皮質へのアプローチ(予測・恐怖感への対応)】
- これは、私たちが経験的に行ってきたことの裏付けにもなりますが、やはり介入前の丁寧な説明、安心感を与える声かけ、信頼関係の構築が非常に重要です。「これから何をするのか」「どんな感覚が予想されるか」「痛かったらすぐに言ってくださいね」といったコミュニケーションを通じて、患者さんの予測不安や恐怖感を和らげることが、島皮質の過活動を抑え、結果的に痛みを軽減させることに繋がる可能性があります。
【扁桃体へのアプローチ(「危険」認識への対応)】
- 扁桃体の活動は、脳の内側前頭前野という部分によってコントロールされているそうです。そして、この内側前頭前野(特に内背側部)は、自分自身の内面(感覚や思考、感情)に注意を向けることで活動が高まる、という知見があるとのこと。
- つまり、「自分に注意を向ける → 前頭前野が活性化 → 扁桃体の活動を抑制 → 痛みの軽減」という流れが期待できるわけです。
- 具体的な方法: そのための有効な方法として挙げられていたのが「マインドフルネス」、いわゆる瞑想です。呼吸に意識を集中したり、体の各部位の感覚に注意を向けたり(ボディスキャン)することが、前頭前野を活性化させ、扁桃体の過活動を鎮める助けになる可能性があります。
- 関連するアプローチ: ここで思い出したのが、私が学んでいる「フェルデンクライス・メソッド」です。このメソッドも、まさに体の動きや感覚に注意を向け、自分自身の動きのパターンや癖に「気づく」ことを重視しています。マインドフルネスと同様に、体の感覚に注意を向けるプロセスを通じて、扁桃体の活動を調整し、痛みの軽減に繋がる可能性を秘めているのではないかと、個人的には非常に期待しています。
おわりに:痛みの理解を深め、多角的なアプローチへ
「痛み」という現象は、本当に奥が深いですね。単に体の問題として捉えるだけでなく、脳の中でどのように情報が処理され、感情や予測といった要因がどう影響しているのかを知ることで、アプローチの幅も広がると感じました。
島皮質や扁桃体の働きを理解することは、特に慢性的な痛みや、心理的な要因が複雑に関与していると思われるケースに対して、新たな視点を与えてくれます。丁寧なコミュニケーションや安心感の提供に加え、マインドフルネスやボディワークといった、自分自身の内面に注意を向けるアプローチを取り入れてみることも、有効な選択肢の一つになるのかもしれません。
まだまだ勉強中の身ですが、これからも知識を深め、患者さん一人ひとりに合った、より良い関わり方ができるよう努めていきたいと思います。