こんにちは!心と身体の健康を科学する理学療法士のPTケイです。
「70代になっても、まだまだ旅行や趣味を楽しみたい!」
「孫と思いっきり遊びたい!」
そんな風に、アクティブな毎日を送られている方も多いのではないでしょうか。
しかし、ふとした瞬間の転倒などで起こりうるのが「骨折」です。特に肩の付け根の骨折、専門的には「上腕骨近位端骨折(じょうわんこつきんいたんこっせつ)」は、高齢の方に起こりやすい骨折の一つです。
骨がバラバラになってしまうような複雑な骨折の場合、「もう手術をしても、腕が元通りに上がるようにはならないかもしれない…」と、不安に感じてしまうかもしれません。
しかし、諦めるのはまだ早いかもしれません。
近年、このような複雑な肩の骨折に対して、「リバース型人工肩関節置換術(RSA)」という手術が目覚ましい成果を上げています。
今回は、そんな希望の光となるRSAについて、日本の新しい研究報告をもとに、その驚きの回復力を詳しく、そして分かりやすく解説していきます。
アクティブな70代に朗報!リバース型人工肩関節手術の実際
まず結論からお伝えします。
今回ご紹介する研究では、「70歳代の方の上腕骨近位端骨折に対してリバース型人工肩関節置換術(RSA)を行うことで、合併症もなく、けがをする前に近いレベルまで肩の機能が回復した」ことが示されました。
2025年に日本の屋島総合病院整形外科の真鍋博規氏らは、70歳代の高齢者の上腕骨近位端骨折に対して行ったリバース型人工肩関節置換術(RSA)の臨床成績についての症例集積研究を発表しました。
この研究がなぜ重要かというと、「70代」という、まだまだ活動的な世代に焦点を当てている点にあります。
80代以上の方を対象とした研究はこれまでもありましたが、より活動レベルが高い70代の方でどのような結果が出るのかは、多くの患者さんやご家族が知りたい情報だったのです。
そもそもリバース型人工肩関節置換術(RSA)とは?
少し専門的な話になりますが、この手術を理解する上でとても大切なポイントです。
通常の肩関節は、腕の骨の先端にあるボール状の「骨頭」が、肩甲骨側のお皿のような「関節窩」にはまっています。
そして、「腱板(けんばん)」というインナーマッスルが、この関節を安定させ、腕を上げる動きをサポートしています。
しかし、複雑な骨折では、この腱板が損傷したり、うまく機能しなくなったりすることが少なくありません。
そこで開発されたのがリバース型人工肩関節(RSA)です。
その名の通り、関節の構造を“リバース(逆転)”させ、肩甲骨側のお皿にボールを、腕の骨側にソケットを設置します。
これにより、機能しなくなった腱板の代わりに、肩の外側を覆う大きな「三角筋」という筋肉の力で腕を上げられるようにする、画期的な仕組みなのです。
研究でわかった驚きの結果
今回の研究は、70代で上腕骨近位端骨折に対してRSAを受け、術後1年以上経過した9名(男性1名、女性8名、平均年齢72.6歳)を対象に行われました。
骨折の状態は、骨片が3つ以上に分かれた「3part骨折」や「4part骨折」といった、比較的複雑なものでした。
その結果は、非常に素晴らしいものでした。
腕がしっかり上がる!
術後1年で、腕を前に上げる「自動挙上」は平均141.1°、横に上げる「自動外転」は平均140.0°まで回復しました。 140°というと、ほぼ真上近くまで腕が上がるイメージです。
日常生活で棚の上の物を取ったり、洗濯物を干したりする動作も、スムーズに行えるレベルと言えるでしょう。
痛みも少なく、満足度が高い!
手術後の肩の状態を評価する「JOAスコア」は平均90.8点(100点満点)、同じく国際的な評価基準である「Constantスコア」も平均90.3点(100点満点)と、いずれも非常に高いスコアでした。
特に、痛みのスコアは30点満点中28.9点と、痛みがほとんどない状態まで改善していることがわかります。
手術後の合併症がなかった!
手術で最も心配なことの一つが合併症です。
この研究では、感染、脱臼、神経の麻痺、インプラントの緩みといった合併症は1例も報告されませんでした。
さらに、以前に同じ施設で報告された80歳以上の方の手術成績と比較したところ、術後6ヶ月の時点で、腕を上げる角度(挙上と外転)は、70代の方のほうが有意に優れていたことも明らかになりました。
これらの結果から、「もともと活動的で、リハビリにも意欲的に取り組める70代の方であれば、RSAによって非常に高いレベルの機能回復が期待できる」という、力強い結論が導き出されたのです。
驚きの回復力!70代の肩はここまで動くようになる
今回の研究結果をもう少し深掘りして、回復のポイントを見ていきましょう。
なぜ70代は高い回復力を示したのか?
研究では、70代の患者さんが良好な結果を得られた理由として、以下の点を挙げています。
受傷前は全員日常生活で自立されている方であり、もともとの可動域がよく、リハビリテーションに対する理解度もよいためRSA後も受傷前に近い状態に回復できた。
つまり、
- けがをする前から、肩の状態が良かったこと
- 手術後のリハビリの重要性を理解し、積極的に取り組めたこと
この2点が、素晴らしい回復につながった大きな要因と考えられます。
これは、今まさに治療に臨もうとしている方や、リハビリを頑張っている方にとって、大きな励みになるのではないでしょうか。
回復の鍵を握る「大結節」と「外旋」の動き
少しマニアックですが、理学療法士としてぜひお伝えしたい大切なポイントがあります。それは「大結節(だいけっせつ)」という骨片と、「外旋(がいせん)」という腕を外に捻る動きの関係です。
大結節は、腕を外に捻る筋肉(棘下筋・小円筋)が付着するとても重要な部分です。
RSAの手術では、この大結節の骨片を、新しい人工関節にしっかりと固定(骨癒合)させることが、質の高い回復のために重要とされています。
今回の研究では、9人中7人(77.8%)で、この大結節がしっかりくっつきました。
一方で、くっつかなかった症例もありましたが、その方でも腕は160°も上がっていたそうです。しかし、腕を外に捻る外旋の動きは5°と、かなり制限されていました。
外旋の動きは、「髪をとかす」「服を着替える(袖に腕を通す)」「背中を洗う」といった日常動作に欠かせません。
腕が上がるだけでなく、この捻る動きまで取り戻すために、手術で大結節を確実に固定すること、そして術後のリハビリが非常に重要になるのです。
もし肩を骨折したら?知っておきたい治療の選択肢
今回の記事を読んで、「RSAは素晴らしい手術だ」と感じていただけたかもしれません。
しかし、上腕骨近位端骨折の治療法はRSAだけではありません。
ご自身の状態に合った最善の治療を選択するために、どのような選択肢があるのかを知っておくことは非常に大切です。
自己判断は禁物!まずは専門医へ
大前提として、転倒などで肩を強く打った場合は、自己判断せずに必ず整形外科を受診してください。
骨折の状態によって治療法は変わる
論文では、著者らの施設での治療方針がフローチャートで示されています。
これを参考に、一般的な治療の流れを見てみましょう。
保存療法
骨折のズレが少ない場合や、年齢、持病などで手術が難しい場合に選択されます。
三角巾などで腕を固定し、骨が自然にくっつくのを待ちます。
骨接合術
骨のズレは大きいものの、自分の骨や関節を温存できると判断された場合に行われます。
金属のプレートやスクリューで、折れた骨を元の位置に固定する手術です。
人工骨頭置換術
骨折が激しく、骨接合術では骨頭(腕の骨の先端)を温存できないと判断された場合に行われます。
骨頭部分のみを人工のものに入れ替える手術です。
リバース型人工肩関節置換術(RSA)
骨折が非常に複雑で、骨接合術や人工骨頭置換術では良好な結果が期待しにくい場合、特に腱板の機能不全が疑われる場合に、最も強力な選択肢となります。
このように、治療法は骨折のタイプ、骨の質、年齢、けがをする前の活動レベルなどを総合的に評価して、専門医が判断します。大切なのは、ご自身の状態を正確に把握し、医師とよく相談して、それぞれの治療法のメリット・デメリットを理解した上で、納得のいく治療を選択することです。
まとめ
今回は、70歳代の複雑な肩の骨折(上腕骨近位端骨折)に対するリバース型人工肩関節置換術(RSA)の有効性を示した、日本の新しい研究をご紹介しました。
- 70代のアクティブな方の複雑な肩の骨折に対し、RSAは痛みも少なく、腕の動きを大きく改善できる有効な治療法です。
- もともとの身体機能が高く、リハビリへの意欲がある方ほど、けがをする前の生活に近いレベルまで回復できる可能性が高まります。
- 腕を上げるだけでなく、着替えなどで重要な「外に捻る動き」を取り戻すためには、丁寧な手術とリハビリが鍵となります。
- 治療法はRSA以外にも複数あります。ご自身の状態に合った最善の選択をするために、専門医としっかり相談することが何よりも大切です。
けがをしてしまうと、誰でも心身ともに落ち込んでしまうものです。
しかし、現代の医療は日々進歩しています。
正しい情報を知り、前向きな気持ちで治療やリハビリに臨むことが、より良い回復への第一歩です。
この記事が、皆さんの不安を少しでも和らげ、未来への希望を持つ一助となれば幸いです。
参考文献
真鍋博規. 70歳台の高齢者の上腕骨近位端骨折に対するリバース型人工肩関節置換術の臨床成績. 骨折——日本整形外傷学会雑誌-47(3) 449-454, 2025
健康・医学関連情報の注意喚起
本記事は、上腕骨近位端骨折に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の医学的アドバイスを提供するものではありません。上腕骨近位端骨折などの診断や治療については、必ず医療従事者にご相談ください。
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