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慢性的な痛みとストレス、脳の疲弊が原因?【最新論文解説】

慢性的な痛みとストレス、脳の疲弊が原因?
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Aさん

あぁ…。もう何か月もこの腰の痛みが続いてて…。

病院で検査しても『特に異常なし』って言われるし、最近はなんだか気分まで落ち込んできて、本当に辛いんです。

Bさん

わかるわ…。

私も仕事のストレスが溜まると、決まって肩こりや頭痛がひどくなるのよね。

痛みとストレスって、やっぱり何か関係があるのかしら?

PTケイ

Aさん、Bさん、こんにちは。その長引く痛みと心の不調、実は脳科学の世界でその謎が解き明かされつつあるんですよ。

Aさん

え、脳科学ですか?

PTケイ

はい。理学療法士のPTケイです。私自身もうつ病や難病の経験があり、お二人のように心と体の繋がりに長年向き合ってきました。

実は、最新の研究で、慢性的な痛みとストレスが『脳の中で深く、そして物理的に繋がっている』ことがわかってきたんです。

Bさん

物理的に繋がってるなんて…!すごく気になります。

PTケイ

ですよね。

多くの方が『気のせい』や『気持ちの問題』で片付けられてしまいがちなこの問題に、科学的な光を当てる、非常に興味深い論文があるんです。

今日はその内容を、誰にでもわかるように、じっくり丁寧に解説していきますね。

この記事を読み終える頃には、長年の悩みの原因が少しでも明らかになり、明日からの向き合い方が変わるかもしれませんよ。

目次

この記事でわかること【1分で解説】

  • 長引く痛みとストレスは、脳の記憶装置「海馬」を疲れさせ、「嫌な記憶を忘れられない」状態を作ります。
  • 脳の感情アラーム「扁桃体」が鳴りっぱなしになり、不安が増して痛みに過敏になる悪循環が生まれます。
  • 痛みとストレスは脳で繋がっていますが、理性を司る部分の働きには違いもあり、単純に「同じもの」ではありません。
  • あなたの痛みは「気のせい」ではなく脳の物理的な反応です。脳の仕組みを知ることが、回復への第一歩になります。

研究紹介:痛みとストレスは「同じコインの裏表」なのか?

今回ご紹介するのは、慢性的な痛みとストレスの関係に迫った画期的なレビュー論文です。

2017年7月1日、アメリカの研究者であるチャディ・G・アブダラ氏は、慢性的なストレスと慢性的な痛みの神経生物学的な共通点と相違点、特に大脳辺縁系の中心的な役割に焦点を当てたレビュー論文を発表しました。

その結果、両者は学習と記憶に関わる脳回路に多くの重複を持つ一方で、重要な違いも存在し、慢性疼痛を単純なストレスの一形態と見なすことには課題があると報告しました。

レビュー論文とは?

ある特定のテーマについて、これまでに発表された複数の研究論文を集め、それらの内容を分析・評価し、総合的な結論や今後の展望を示す論文のことです。多くの専門家の知見が凝縮されているため、その分野の全体像を理解するのに非常に役立ちます。

この論文は、数多くの先行研究を横断的に分析することで、「長引く痛み」と「長引くストレス」が、私たちの脳にどのような共通の影響を与え、またどこに違いがあるのかを浮き彫りにしました。

それでは、この論文解説でわかったことを、3つのポイントに分けて詳しく見ていきましょう。

【ポイント①】記憶の司令塔「海馬」の疲弊:痛みもストレスも脳に記憶される

まず注目すべきは、私たちの記憶を司る脳の重要な部分、海馬(かいば)です。

海馬(かいば)とは?

脳の側頭葉の内側にある、タツノオトシゴに似た形をした領域です。

新しいことを覚えたり、過去の出来事を思い出したりする「記憶」に中心的な役割を果たします。

また、ストレス反応のコントロールにも関わっています。

慢性痛とPTSDに共通する「嫌な記憶を忘れられない」脳

あなたは、過去のつらい出来事が何度も頭をよぎってしまったり、特定の場所や状況を避けるようになったりした経験はありませんか?

実は、論文によると、慢性的な痛みを抱える人の脳と、強いトラウマ体験後に発症するPTSD(心的外傷後ストレス障害)の人の脳には、「嫌な記憶を消去する能力が低下している」という共通点があることが指摘されています。

これは、脳の学習機能の一つである「消去学習」がうまく働かなくなっている状態です。

消去学習(しょうきょがくしゅう)とは?

例えば、「ある場所で転んで痛い思いをした」という経験をすると、「その場所=危ない」という恐怖の記憶が作られます。

しかし、その後何度もその場所を安全に通ることができれば、「その場所はもう危なくない」と脳が学習し直し、恐怖心が薄れていきます。

この「怖くない」と上書きする学習プロセスのことを消去学習と呼びます。

慢性的な痛みやストレスにさらされ続けると、この消去学習を司る海馬の機能が低下し、「痛みや恐怖の記憶」がなかなか消えずに残り続けてしまうのです。

これが、「また痛くなるんじゃないか」という予期不安や、特定の動作を避ける「恐怖回避行動」につながり、さらなる悪循環を生み出します。

「海馬」が縮む?痛みとストレスが脳に与える構造的ダメージ

さらに衝撃的なことに、慢性的な痛み、うつ病、PTSDを抱える人々では、この海馬の体積が物理的に小さくなっている(萎縮している)ことが多い、という事実が多くの研究で示されています。

これは、長期間にわたるストレスホルモン(コルチゾールなど)の影響や、神経細胞の活動が低下することによる「脳の磨耗」とも言える状態です。海馬が小さくなることは、記憶力の低下だけでなく、感情のコントロールが難しくなることにも繋がります。

さらに、ある研究では、海馬の体積が小さい人は、将来的に腰痛などが慢性化しやすいという予測までされており、海馬の状態が慢性痛のリスク因子である可能性も示唆されています。

新しい神経細胞が生まれにくくなる「神経新生の抑制」

私たちの脳、特に海馬では、大人になっても新しい神経細胞が生まれる「神経新生」という現象が起こっています。この神経新生は、新しい記憶の形成や、気分の調節に重要だと考えられています。

しかし、慢性的な痛みやストレスは、この神経新生を抑制してしまうことがわかっています。

新しい神経細胞が生まれにくくなることで、脳は新しい環境に適応したり、つらい記憶を乗り越えたりする力が弱まってしまうのです。


【ポイント②】感情の警報装置「扁桃体」の過活動:不安と痛みの悪循環

次に重要なのが、感情、特に「恐怖」や「不安」といったネガティブな感情の処理に中心的な役割を果たす扁桃体(へんとうたい)です。

扁桃体(へんとうたい)とは?

海馬のすぐ前にある、アーモンドの形をした脳の領域です。

危険を察知したり、恐怖を感じたりしたときに活発に働き、「警報装置」のような役割を担っています。

痛みと恐怖を結びつける扁桃体の役割

扁桃体は、痛みのような不快な刺激と、その時の状況や感情を結びつけて記憶する働きがあります。

例えば、「腰を曲げたら激痛が走った」という経験をすると、扁桃体は「腰を曲げる動作=危険!」と強く記憶します。

この働きは、本来、体を危険から守るために不可欠なものです。

しかし、慢性的な痛みやストレスにさらされ続けると、この扁桃体が過敏になり、常に警報が鳴りっぱなしのような状態になってしまいます。

扁桃体の過活動が引き起こすこと

扁桃体が過活動になると、以下のような悪循環に陥りやすくなります。

  • 痛みに過敏になる: ほんの少しの刺激でも「危険だ!」と判断し、強い痛みとして感じてしまう。
  • 不安や恐怖が増大する: 常に危険を察知している状態なので、漠然とした不安感が強まったり、痛みを予期して恐怖を感じたりする。
  • 自律神経が乱れる: 扁桃体は自律神経のコントロールにも関わっているため、動悸、発汗、めまいなどの身体症状が出やすくなる。

このように、扁桃体の過活動は、痛みを増強させ、さらにその痛みが不安や恐怖を生み、その不安がまた痛みを増強させる…という、まさに「痛みと感情の悪循環」の中心的な役割を担っているのです。

治療による回復の可能性

一方で、希望の持てるデータもあります。

ある研究では、人工股関節の手術によって痛みがなくなった患者さんで、小さくなっていた扁桃体の体積が増加したことが報告されています。

これは、痛みの原因が取り除かれれば、脳の構造的な変化も回復する可能性があることを示唆しており、非常に重要な知見です。


【ポイント③】理性のブレーキ「vmPFC」の機能分岐:痛みとストレスが分かれる場所

これまで、海馬と扁桃体という、痛みとストレスに共通する脳の変化を見てきました。

しかし、全てが同じわけではありません。両者の病態が分かれる可能性のある、非常に興味深い領域があります。それが、腹内側前頭前野(vmPFC)です。

腹内側前頭前野(vmPFC)とは?

額のすぐ後ろにある前頭前野の一部で、物事を客観的に判断したり、感情をコントロールしたり、行動にブレーキをかけたりする、いわば「理性の司令塔」です。

扁桃体の活動を抑える役割も担っています。

感情のコントロールセンター「vmPFC」

vmPFCは、扁桃体からの「危険だ!」という警報信号を受け取って、「いや、状況を考えるとそれほど危険ではない」と判断し、扁桃体の過剰な興奮を鎮める働きがあります。つまり、感情のブレーキ役です。

このvmPFCの機能が低下すると、不安や恐怖を抑えることができなくなり、感情的な反応が強くなってしまいます。実際、慢性痛、うつ病、PTSDの患者さんでは、このvmPFCの体積が小さくなっていることが報告されています。

痛みやうつ病では「活動増加」、PTSDでは「活動減少」という違い

ここが最も重要なポイントです。

論文によると、このvmPFCの「活動の仕方」に、症状による違いが見られるというのです。

  • 慢性疼痛やうつ病の場合: 痛みの強さや気分の落ち込みに比例して、vmPFCの活動が増加する傾向がある。
  • PTSDの場合: 症状の重さとは逆に、vmPFCの活動が減少する傾向がある。

なぜ違いが生まれるのか?

この違いがなぜ生まれるのか、まだ完全には解明されていませんが、一つの可能性として、脳の「対処戦略」の違いが考えられます。

慢性疼痛やうつ病の場合、脳は絶えず続く痛みやネガティブな感情をなんとかコントロールしようと、理性の司令塔であるvmPFCを必死に働かせている(活動増加)のかもしれません。

しかし、その過剰な活動が、かえって脳のエネルギーを消耗させ、症状を悪化させている可能性も指摘されています。

一方でPTSDの場合は、トラウマ記憶に関連する刺激に直面した際に、感情のブレーキであるvmPFCの機能がシャットダウンしてしまい(活動減少)、扁桃体の暴走を止められなくなっているのかもしれません。

このように、vmPFCは、慢性的な痛みとストレスの病態が分岐する「交差点」のような場所であり、今後の治療法を考える上で非常に重要なターゲットとなりそうです。


【インタラクティブ解説】あなたの脳で何が起きている?

ここで、ここまでの内容を視覚的に理解できる簡単なアプリケーションをご用意しました。

下のボタンをクリックすると、その役割と、慢性的な痛みやストレスによってどのような変化が起きるのかが表示されます。


【Q&A】読者の疑問にお答えします

ここまでの内容で、いくつか疑問が浮かんだ方もいるかもしれません。代表的な質問にお答えします。

痛いのは体なのに、なぜ記憶に関わる「海馬」が関係するのですか?

非常に良い質問です。「痛み」は単なる体の感覚ではありません。

それには「情動(感情)」や「認知(記憶や解釈)」が大きく関わっています。

海馬は、「この動作をしたら痛かった」という経験を記憶し、次に同じような状況になったときに「また痛くなるかもしれない」と予測する働きをします。

この「痛みの記憶」が強すぎると、体を守ろうとするあまり、過剰な防御反応(筋肉のこわばりなど)を引き起こし、かえって痛みを長引かせる原因になるのです。

ストレスを感じると痛みが強くなる気がするのは、気のせいではなかったんですね?

はい、その通りです。

気のせいではありません。今回ご紹介したように、ストレスを感じると感情の警報装置である「扁桃体」が興奮し、痛みをより強く感じやすくなります。

また、ストレスは、痛みを抑える脳内のシステム(下降性疼痛抑制系など)の働きを弱めてしまうことも知られています。

つまり、ストレスは心理的にも神経科学的にも、痛みを増強させる明確な要因なのです。

脳の体積が縮むと聞くと不安です。一度縮んだら元に戻らないのでしょうか?

不安に思われるお気持ち、よくわかります。

しかし、悲観する必要はありません。

脳には「神経可塑性(しんけいかそせい)」という、変化に対応して自ら構造や機能を変える素晴らしい能力があります。

論文でも、痛みが改善した後に扁桃体の体積が回復した例が紹介されていました。

適切な治療、ストレス管理、運動、質の良い睡眠、そしてマインドフルネス瞑想などが、脳の神経可塑性を高め、健康な状態に戻す助けとなることが多くの研究で示されています。

諦めずに、できることから取り組んでいくことが大切です。


まとめ:痛みとストレスの悪循環を断ち切るために

今回の論文解説で明らかになった、慢性的な痛みとストレスの脳内での深いつながりを、最後に改めてまとめます。

記憶の司令塔「海馬」の疲弊

慢性的な痛みやストレスは、記憶を司る海馬を萎縮させ、「嫌な記憶を忘れられない」状態を作り出します。これにより、痛みの記憶が固定化され、回復を妨げる悪循環に陥りやすくなります。

感情の警報装置「扁桃体」の過活動

恐怖や不安を司る扁桃体は、常に警報が鳴りっぱなしの過敏な状態になります。

これにより、些細な刺激にも痛みを感じやすくなったり、常に不安感がつきまとったりする「痛みと感情の悪循環」が生まれます。

理性のブレーキ「vmPFC」の機能分岐

感情をコントロールする理性の司令塔、vmPFCの働き方に症状による違いが見られます。

慢性痛やうつ病では脳が過剰に頑張る「活動増加」、PTSDでは機能が低下する「活動減少」という違いがあり、今後の治療法を考える上で重要なポイントです。

脳の回復力「神経可塑性」という希望

脳の変化は一方通行ではありません。

脳には変化に適応して自ら回復する「神経可塑性」という力が備わっています。

痛みやストレスのメカニズムを正しく理解し、ストレス管理や適切なケアを行うことで、この悪循環を断ち切ることは可能です。

    いかがでしたでしょうか。

    慢性的な痛みとストレスは、互いに影響し合い、私たちの脳に大きな負担をかけています。

    しかし、そのメカニズムを理解することは、闇雲に不安がるのではなく、「では、どうすれば良いのか?」を考えるための重要な一歩となります。

    あなたのその痛みは、決して「気のせい」ではありません。

    脳の中で起きている、歴とした身体の反応なのです。

    この記事が、あなたが自分自身の心と体をより深く理解し、つらい症状と向き合うための新たな光となることを心から願っています。

    参考文献

    Abdallah CG, Geha P. Chronic Pain and Chronic Stress: A Tale of Two Sides of the Same Coin?. Chronic Stress (Thousand Oaks). 2017 Jul 1;2470547017704763. doi: 10.1177/2470547017704763. PMID: 28795169; PMCID: PMC5546756.

    健康・医学関連情報の注意喚起

    本記事は、慢性疼痛とストレスに関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の医学的アドバイスを提供するものではありません。 慢性疼痛やうつ病、PTSDなどの診断や治療については、必ず医師や専門の医療従事者にご相談ください。

    慢性的な痛みとストレス、脳の疲弊が原因?

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