はじめに:「血管の炎症」が引き起こす病気、ANCA関連血管炎とは?
こんにちは。理学療法士のPTケイです。
私たちの体には、酸素や栄養を運ぶための「血管」が網の目のように張り巡らされています。この大切な血管に炎症が起こり、様々な臓器や組織に影響を及ぼす病気群を総称して「血管炎」と呼びます。
今回は、その中でも特に「ANCA(アンカ)関連血管炎」という、少し専門的な病気について、皆さんに分かりやすくお伝えしたいと思います。私が勤務するリハビリテーション病院でも、様々な疾患の患者さんがいらっしゃいますが、時にはこのような稀な疾患の方を担当することもあります。この記事を通じて、ANCA関連血管炎についての理解を深め、もしご自身や周りの方が同様の症状で悩まれている場合の、早期発見や適切な対応の一助となれば幸いです。
1. そもそも「血管炎」ってどんな病気?
まず、「血管炎」とは何か、基本的なところから見ていきましょう。
- 血管炎の定義: 血管の壁に炎症細胞が集まり(浸潤)、血管壁が壊死(組織が死んでしまうこと)したり、厚くなったりする病気です。
- 血管炎が起こるとどうなる?:
- 血流障害: 炎症によって血管の内側が狭くなったり、詰まったりすることで、その血管が栄養を送っている先の組織や臓器に十分な血液が行き渡らなくなります。これにより、組織の機能が低下したり、最悪の場合は壊死したりします。
- 血管壁のもろさ: 炎症によって血管壁がもろくなり、出血しやすくなったり、血管にこぶ(動脈瘤)ができたりすることもあります。
- 全身への影響: 血管は全身に存在するため、血管炎は皮膚、神経、腎臓、肺、消化管など、体のあらゆる場所に影響を及ぼす可能性があります。発熱や体重減少といった全身症状を伴うこともあります。
血管炎は、炎症が起こる血管の太さによって、大きく「大型血管炎」「中型血管炎」「小型血管炎」に分類されます。
2. ANCA関連血管炎とは? – 3つのタイプとその特徴
今回取り上げるANCA(アンカ)関連血管炎(ANCA-associated vasculitis:AAV)は、主に「小型血管炎」に分類される病気群です。
ANCAって何? ANCAとは、「抗好中球細胞質抗体(Anti-Neutrophil Cytoplasmic Antibody)」の略で、簡単に言うと、自分自身の体の中にある白血球の一種である「好中球」に対して誤って作られてしまう自己抗体のことです。このANCAが、血管の炎症を引き起こすメカニズムに深く関わっていると考えられています。
ANCA関連血管炎には、主に以下の3つのタイプがあります。
- 顕微鏡的多発血管炎 (Microscopic Polyangiitis: MPA)
- 主に腎臓の糸球体(尿を作るフィルター)や肺の毛細血管といった非常に細い血管に炎症が起こりやすいタイプです。急速進行性糸球体腎炎や肺胞出血などを引き起こすことがあります。
- 多発血管炎性肉芽腫症 (Granulomatosis with Polyangiitis: GPA) (旧称:ウェゲナー肉芽腫症)
- 主に上気道(鼻、副鼻腔など)、下気道(肺)、腎臓を侵しやすいタイプです。特徴的な所見として、炎症細胞が集まってできる「肉芽腫(にくげしゅ)」という塊が形成されることがあります。
- 好酸球性多発血管炎性肉芽腫症 (Eosinophilic Granulomatosis with Polyangiitis: EGPA) (旧称:チャーグ・ストラウス症候群)
- このタイプは、気管支喘息やアレルギー性鼻炎といったアレルギー素因を持つ方に発症しやすいのが特徴です。血液中の「好酸球」という種類の白血球が増加し、血管炎や肉芽腫を引き起こします。末梢神経障害(手足のしびれや麻痺)、皮膚症状(紫斑など)、消化管症状、心臓の症状なども見られることがあります。
この記事では、特に私が臨床で経験する可能性のある、この好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(EGPA)を中心に、治療やリハビリテーションについて考えていきます。
3. ANCA関連血管炎の治療:炎症を抑え、再発を防ぐ
ANCA関連血管炎の治療は、病気の活動性を抑え、症状を落ち着かせる「寛解導入療法」と、良い状態を維持し再発を防ぐ「寛解維持療法」の2段階で行われるのが一般的です。
3.1. 寛解導入療法:まずは炎症を強力に抑える
- ステロイド薬(副腎皮質ステロイド): 治療の基本となる薬剤で、強力な抗炎症作用と免疫抑制作用があります。
- 重症の場合: メチルプレドニゾロンといったステロイド薬を大量に点滴する「ステロイドパルス療法」(例:500~1000mgを3日間)が行われることがあります。
- 軽症~中等症の場合: プレドニゾロンなどの経口ステロイド薬を比較的多めの量(例:1日30mg程度)から開始し、症状を見ながら徐々に減量していきます。
- 免疫抑制薬(強力なもの): ステロイド薬だけでは効果が不十分な場合や、重症例、再発を繰り返す場合などに併用されます。
- シクロホスファミド: 強力な免疫抑制作用があり、内服または点滴で用いられます。
- リツキシマブ: Bリンパ球を標的とする生物学的製剤で、近年、ANCA関連血管炎の治療薬として注目されています。
3.2. 寛解維持療法:良い状態を長く保つために
症状が落ち着いた後も、再発を防ぐために治療を継続します。
- ステロイド薬(少量): できるだけ少ない量(例:プレドニゾロン2~10mg/日)で維持します。
- 免疫抑制薬(比較的マイルドなもの):
- アザチオプリン: 維持療法でよく用いられる内服薬です。
- その他、メトトレキサートやミコフェノール酸モフェチルなどが選択されることもあります。
- 生物学的製剤: リツキシマブやメポリズマブ(特にEGPAで好酸球が高い場合)などが維持療法で用いられることもあります。
3.3. その他の治療法
- 大量ガンマグロブリン静注療法 (IVIg): 特に好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(EGPA)における末梢神経障害に対して、ステロイド薬の効果が不十分な場合に用いられることがあります。2010年に保険適用となりましたが、高額な治療(例:体重50kgで1クール約107万円、自己負担額は制度により異なる)であるため、適応は慎重に判断されます。5日間連続で点滴投与されることが多いです。
- 血漿交換療法: 重篤な腎障害や肺胞出血を伴う場合に検討されることがあります。
ステロイド薬中止の際の注意点: ステロイド薬を長期間使用した後に急に中止したり、急激に減量したりすると、病気が再燃(再び悪化すること)したり、「ステロイド離脱症候群」(倦怠感、頭痛、関節痛など)といった症状が出たりすることがあるため、医師の指示に従い、慎重に減量・中止していく必要があります。
4. 好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(EGPA)と理学療法:痛みに寄り添い、できることを見つける
EGPAの患者さんは、先行する気管支喘息やアレルギー性鼻炎に加え、血管炎による多様な症状を呈します。
- 主な臨床症状: 発熱、体重減少、末梢神経障害(多発性単神経炎:手足のしびれ、痛み、筋力低下など)、筋痛・関節痛、皮膚の紫斑、消化管出血、肺の異常陰影、心筋梗塞や心外膜炎、脳梗塞・脳出血など。
特に、多発性単神経炎による末梢神経障害は、急性期の症状が改善した後も、知覚障害(しびれ、感覚の鈍麻)や運動障害(筋力低下、麻痺)が長く続くことがあり、日常生活に大きな影響を与えます。
4.1. 理学療法士が遭遇するEGPA患者さんの訴え(ケースを想定して)
私が過去に経験した、あるいは文献などで見聞きするEGPAの患者さんの中には、以下のような非常に辛い症状を訴える方がいらっしゃいます。
- 両足部の重度の感覚鈍麻: 「足の裏に厚い絨毯を敷いているようだ」「自分の足じゃないみたい」といった感覚。
- 耐え難いしびれと痛み:
- 「血管の中にガラスの破片があって、それがチクチク引っ掻くような痛み」
- 「血管の外側全体が腫れぼったく、ビリビリ、ジンジンするしびれ」
- 「足全体が火傷したような、あるいは雪の中に足をうずめて凍傷になったような、ヒリヒリ・ジンジンする感覚」 このような独特で表現しがたい痛みを訴えることがあります。
- ADLへの影響: 強い痛みやしびれ、筋力低下により、立位や歩行が困難になり、日常生活動作(着替え、入浴、トイレ動作など)に支障をきたします。
- 精神的な苦痛: 長引く痛みや先の見えない不安から、抑うつ気分や意欲低下を伴うことも少なくありません。
4.2. EGPA患者さんへのリハビリテーション:私が考えるアプローチ(ケース想定)
このようなEGPAの患者さんに対して、理学療法士としてどのように関わっていくべきでしょうか。以下は、私が臨床で大切にしている視点と、具体的なアプローチの例です。
前提となる考え方:
- 疾患活動性の把握と医師との連携: まずは血管炎自体の活動性がどの程度コントロールされているのか、ステロイドや免疫抑制薬の治療状況はどうなっているのかを医師と密に情報共有します。リハビリテーションの負荷設定は、これらの医学的情報に基づいて慎重に行う必要があります。
- 疼痛と神経症状の丁寧な評価: 痛みの種類、強さ、部位、出現パターン、しびれの範囲や性質などを詳細に評価し、記録します。これが介入効果の判定や、負荷設定の重要な指標となります。
- 患者さんの「声」を聴く: 患者さんがどのような言葉で症状を表現するのか、何に困っているのか、何を目標としているのかを丁寧に傾聴し、信頼関係を築くことが最も重要です。
具体的なリハビリアプローチ(下肢の強い疼痛・しびれ、廃用性筋力低下を呈するケースを想定):
問題点(例):
- 下肢、特に足部の激しい疼痛としびれによる運動困難。
- それに伴う下肢の廃用性筋力低下(特に体幹・股関節・膝関節周囲筋)。
- 全身の活動性低下(立位・歩行困難、日中の離床時間減少)。
- 疼痛や将来への不安による精神的ストレス。
アプローチの方向性:
- 下肢への直接的な運動負荷は慎重に: OKC(関節を動かす際に足部が固定されない運動)やCKC(足部が床などに固定された状態での運動)での直接的な下肢筋力トレーニングは、症状を増悪させる可能性があるため、初期は避けるか、極めて低負荷から開始します。立位や歩行練習も、疼痛の程度や神経症状を見ながら慎重に進めます。 2020年の記事で「足部以外の大腿や下腿への筋力トレーニングやモビライゼーションなども実施する際は特に症状の増悪はなく実施可能であったものの、夜間に疼痛・しびれの増悪を認めたため、症例より実施することに対する恐怖感があり、負担も大きいため実施は困難」という経験がありましたが、まさにこのような反応を注意深く観察する必要があります。
- 姿勢反応を利用した間接的な下肢筋活動の促通: 座位や臥位で、足底を床やベッドに接地させた状態での体幹や上肢の運動を利用します。
- 例1:座位での棒体操やリーチ動作: 両足底を床にしっかりと着けた状態で、側方や上方へ上肢を伸ばす運動を行います。これにより、体幹の安定性を保つために下肢の筋活動(特に股関節周囲筋や体幹深層筋)が促通されます。また、床反力の変化を通じて足底への固有受容性感覚入力も期待できます。輪投げやボールを使った軽い運動など、課題指向型アプローチを取り入れるのも有効です。
- ポイント: 運動中や運動後の疼痛・しびれの変化を常に確認し、無理のない範囲で徐々に運動の複雑性や負荷を上げていきます。
- セルフケアとしての感覚入力の指導:
- 例2:足部の愛護的なマッサージやタッピング: 患者さん自身に、痛気持ち良い範囲で足部をさすったり、軽く叩いたりしてもらいます。他者による介入よりも、自分自身で力加減を調整できるため、症状を悪化させるリスクを低減できます。しびれや感覚鈍麻に対して、徐々に感覚に「慣れていく」ことを目指します。
- 例3:足底でのボール転がしやタオルギャザー(症状に応じて): 可能であれば、足底を床に着けて軽く踏み込む、ゴルフボールなどを足裏で転がすといった運動も、夜間の疼痛増悪がないかを確認しながら、ごく軽い負荷から試みます。無理は禁物です。
- 物理療法の活用(医師の指示のもと):
- 例4:ホットパックなどの温熱療法: 温めることで血行が改善し、疼痛やしびれが緩和する場合があるため、試みる価値があります。ただし、急性炎症期には禁忌となる場合もあるため、医師の指示を確認します。
- 心理的サポートと環境調整:
- 患者さんの不安や恐怖心に寄り添い、共感的なコミュニケーションを心がけます。
- リラックスできる環境づくりや、睡眠環境の調整なども重要です。
- 必要に応じて、臨床心理士や精神科医との連携も検討します。
重要な視点: 2020年の記事の考察で「血管炎の状況がADLに大きく影響しますのでどちらかというとそちらに合わせていくようなリハビリが必要であると感じています」とありましたが、これは非常に重要なポイントです。リハビリテーションは、原疾患である血管炎の活動性や治療状況を常に考慮し、医師と密に連携を取りながら、患者さんの状態に合わせて柔軟にプログラムを調整していく必要があります。
終わりに:希望を持って、一歩ずつ前へ
ANCA関連血管炎、特にEGPAのような稀な疾患の患者さんを担当することは、理学療法士にとって大きな挑戦かもしれません。しかし、適切な医学的管理のもと、患者さんの声に耳を傾け、痛みに寄り添い、その人らしい生活を取り戻すためのサポートを粘り強く続けることで、たとえ時間はかかっても、症状の改善やQOLの向上は十分に期待できます。
2020年の記事で触れた模擬症例のような、強い痛みやしびれを抱えた患者さんでも、最終的に歩行レベルまで改善したという経験は、私たち理学療法士にとって大きな希望となります。
この記事が、ANCA関連血管炎の患者さんのケアに関わる医療従事者の方々、そして何よりも病気と向き合っている患者さんやご家族にとって、少しでもお役に立てれば幸いです。