「人生100年時代」と言われるようになり、単に長生きするだけでなく、「健康で自立した生活をいかに長く続けるか(健康寿命)」が非常に重要になっています。しかし、その健康寿命を脅かす大きな要因の一つが、加齢や運動不足による筋肉の衰えです。
筋肉量が減って筋力や身体機能が低下する「サルコペニア」、それが進行し移動能力などが低下する「ロコモティブシンドローム」、そして心身の活力が全体的に低下した「フレイル」…。これらは、転倒や骨折、寝たきりのリスクを高め、要介護状態へと繋がる可能性があります。特に、とっさの動きやバランス維持に必要な「速筋」が衰えやすいことが、高齢者の事故や活動低下の一因とされています。
筋肉維持のためには、運動とタンパク質の摂取が基本ですが、近年、私たちの食生活に欠かせない「脂肪酸」の中でも、「オメガ3系脂肪酸」が筋肉の維持に重要な役割を果たしている可能性が注目されています。
こんにちは!あなたの心と体の健康をサポートする理学療法士のPTケイです。今回は、このオメガ3系脂肪酸と筋肉の関係について、特に「速筋」の維持という観点から、最新の研究知見(解説記事)を基に、速筋と遅筋の違いや、現代の食生活における脂肪酸バランスの問題点も交えながら、詳しく解説していきます。
研究紹介:オメガ3系脂肪酸と筋肉の研究
まずは、今回主に参考にする論文(解説記事)の概要です。
2022年に日本の研究者、原馬明子先生と守口徹先生(麻布大学)が発表した解説記事「筋組織におけるオメガ3系脂肪酸の役割」では、マウスを用いた2つの筋萎縮モデル(筋肉を使わせない状況を作る実験)において、オメガ3系脂肪酸が特に速筋の萎縮に対して抵抗性を示し、運動刺激による筋タンパク合成を促進する可能性が示唆されたことが紹介されています。(オレオサイエンス 第22巻第7号(2022))
この記事は、高齢化社会における筋肉維持の重要性と、食生活(特にオメガ3系脂肪酸)がそれにどう関わるかについて、科学的な視点を提供してくれます。
あなたの筋肉はどのタイプ?速筋と遅筋の基礎知識
「筋肉が衰える」と言っても、実は私たちの骨格筋(体を動かす筋肉)は、主に2種類の性質の異なる筋線維で構成されています。それが「速筋線維」と「遅筋線維」です。
- 速筋線維 (速筋、Type II線維、白筋)
- 特徴: 収縮スピードが速く、瞬間的に大きな力を発揮できる(パワー系)。エネルギー源として主に糖を使い(解糖系)、酸素をあまり必要としない。色は白っぽい。
- 役割: ダッシュやジャンプ、重い物を持ち上げるなど、瞬発力が必要な動き。とっさにバランスを取る、転びそうになった時に踏ん張る、といった動きにも重要。
- 弱点: 疲れやすい(持久力がない)。そして、加齢によって特に減少しやすい。
- 遅筋線維 (遅筋、Type I線維、赤筋)
- 特徴: 収縮スピードはゆっくりで、大きな力は出せないが、持久力に優れている。エネルギー源として酸素と脂肪を使い(酸化系)、ミトコンドリアが多い。色は赤っぽい(ミオグロビンが多い)。
- 役割: ウォーキングやジョギングなどの持久的な運動、良い姿勢を保つ、といった働き。
- 弱点: 運動不足(寝たきりなど)によって減少しやすい。
筋肉の種類によって、この速筋と遅筋の割合は異なります。例えば、ふくらはぎの奥にあるヒラメ筋は遅筋が多く(姿勢維持に関わる)、足首を動かす足底筋は速筋が多い(ジャンプなどに関わる)、ふくらはぎの表面にある腓腹筋はその中間、といった具合です。

高齢になると、特にこの速筋線維が選択的に萎縮しやすいことが問題となります。速筋が衰えると、素早い動きやとっさの反応ができなくなり、つまずきやすくなったり、転倒時に手や足が出なくなったりして、大きな怪我につながるリスクが高まるのです。
注目!オメガ3系脂肪酸が「速筋」の衰えを防ぐ可能性
では、オメガ3系脂肪酸は、この筋肉の衰え、特に速筋の衰えに対してどのように働くのでしょうか? 今回の解説記事では、著者らが行ったマウスを用いた2つの「筋萎縮モデル実験」の結果が紹介されています。
【実験1:ギプス固定モデル】 マウスの片方の後ろ足をギプスで固定し、動かせない状態(廃用性筋萎縮)を7日間作りました。オメガ3系脂肪酸を十分に与えたマウス(ω3 Adq群)と、不足させたマウス(ω3 Def群)で比較したところ…
- ギプスで固定した足の速筋(足底筋)は、ω3 Adq群の方がω3 Def群よりも萎縮が抑えられる傾向が見られました。
- さらに興味深いことに、ギプスをしなかった反対側の足の筋肉(運動刺激がかかっていた足)は、ω3 Adq群の方がω3 Def群よりも有意に太くなっていました(代償性肥大)。
この結果から、オメガ3系脂肪酸は、使わないことによる速筋の萎縮を抑えるだけでなく、運動刺激に対する筋肉の合成反応(タンパク質合成)を高める可能性があると考えられます。
【実験2:後肢懸垂モデル(老齢マウス)】 高齢(52週齢)のマウスの後ろ足を宙吊りにして、筋肉に負荷がかからない状態(無重力状態に近い廃用性筋萎縮)を3週間作りました。
- その結果、ω3 Adq群はω3 Def群と比較して、速筋(足底筋)と中間筋(腓腹筋)の萎縮が有意に抑制されました。特に速筋での抑制効果が大きい傾向がありました(足底筋で約11%の差)。
これら2つの異なるモデル実験の結果は、オメガ3系脂肪酸が、加齢や運動不足によって特に失われやすい「速筋」の萎縮に対して、保護的に働く可能性を強く示唆しています。
考えられるメカニズムとしては、オメガ3系脂肪酸が筋肉のタンパク質合成を促す経路(Akt経路など)を活性化したり、タンパク質分解を進める経路(ユビキチン・プロテアソーム系など)を抑制したりする可能性が、他の研究からも示唆されています。
あなたは足りてる?オメガ3とオメガ6のバランス問題
「オメガ3系脂肪酸が筋肉に良いかもしれない」となると、積極的に摂りたくなりますよね。では、オメガ3系脂肪酸とは具体的にどのようなもので、どうすれば摂れるのでしょうか? また、よく比較される「オメガ6系脂肪酸」との関係も重要です。
オメガ3系脂肪酸とオメガ6系脂肪酸は、どちらも私たちの体内で作ることができない必須脂肪酸です。つまり、食事から摂取する必要がある大切な脂質です。しかし、この2つの脂肪酸は、体の中での働きや、現代の食生活における摂取状況に大きな違いがあります。
【オメガ3系脂肪酸とオメガ6系脂肪酸 主な食品例】
以下の表に、それぞれの脂肪酸を多く含む代表的な食品をまとめました。
オメガ3系脂肪酸 (意識して摂りたい) | オメガ6系脂肪酸 (現代人は摂りすぎ注意) |
---|---|
主な種類: | 主な種類: |
・DHA (ドコサヘキサエン酸) | ・リノール酸 |
・EPA (エイコサペンタエン酸) | ・アラキドン酸 (体内変換) |
・α-リノレン酸 | |
多く含まれる食品例: | 多く含まれる食品例: |
・青魚 (サバ、イワシ、サンマ、アジ、ブリなど) | ・一般的な植物油 (大豆油、コーン油、紅花油、ひまわり油、綿実油、ごま油など) |
・亜麻仁油 (アマニ油) | ・加工食品 (スナック菓子、カップ麺、菓子パン、レトルト食品など) |
・えごま油 | ・外食・惣菜 (揚げ物、炒め物など) |
・チアシード、ヘンプシード | ・マーガリン、ファットスプレッド |
・くるみ | ・マヨネーズ |
・緑黄色野菜 (ほうれん草、小松菜など – α-リノレン酸少量) | ・肉類 (特に穀物飼料で育った家畜) |
期待される主な働き: | 摂りすぎによる懸念: |
・抗炎症作用 | ・炎症促進作用 (アラキドン酸由来物質) |
・血流改善 (血液サラサラ) | ・アレルギー促進 (可能性) |
・脳機能サポート | ・生活習慣病リスク (バランスによる) |
・アレルギー抑制 (可能性) | |
・筋肉維持サポート (可能性) |
この表を見ると分かるように、オメガ6系脂肪酸は、私たちが普段よく使う多くの植物油や、それらを使って作られる加工食品、外食メニューなどに非常に豊富に含まれています。そのため、意識しなくても過剰に摂取しやすいのが現状です。
一方で、オメガ3系脂肪酸は、青魚や特定の植物油(亜麻仁油、えごま油)、ナッツ類(くるみ)などに限られており、意識しないと不足しがちです。
問題なのは、このオメガ3とオメガ6の摂取バランスです。
- 理想的なバランスは、オメガ6:オメガ3 = 4:1 あるいは 2:1 程度と言われています。
- しかし、現代の一般的な食生活では、この比率が 10:1 や 20:1 以上にもなっていると指摘されています。つまり、オメガ6の摂りすぎ、オメガ3の不足という状態です。
オメガ6系脂肪酸も体に必要なものですが、過剰になると体内で炎症を引き起こしやすい物質に変換されやすくなります。一方、オメガ3系脂肪酸は炎症を抑える方向に働きます。この2つは体内で同じ酵素を使って代謝されるため(競合)、オメガ6を摂りすぎると、相対的にオメガ3の有益な働き(抗炎症作用や筋肉維持への関与など)が妨げられてしまう可能性があるのです。
この解説記事でも指摘されているように、慢性的なオメガ6系脂肪酸の過剰摂取とオメガ3系脂肪酸の不足が、筋肉の維持を含めた様々な健康問題の一因となっている可能性が憂慮されます。
オメガ3系脂肪酸を意識した食生活を
筋肉の衰えを防ぎ、健康寿命を延ばすためには、
- 日々の適度な運動
- 良質なタンパク質の摂取 に加え、
- オメガ3系脂肪酸を意識的に摂取し、オメガ6系脂肪酸とのバランスを整える という視点も重要になってくるかもしれません。
具体的には、
- 青魚を食べる頻度を増やす(週に2~3回が目安)
- 加熱調理にはオメガ9系のオリーブオイルなどを使い、亜麻仁油やえごま油はドレッシングなど加熱しない形で少量取り入れる
- 加工食品や外食の頻度を見直す
- くるみをおやつにする といった工夫が考えられます。
まとめ
今回は、筋肉、特に加齢とともに衰えやすい「速筋」の維持における「オメガ3系脂肪酸」の役割について、最新の解説記事を基にご紹介しました。
- 私たちの筋肉は、瞬発力に優れるが衰えやすい「速筋」と、持久力に優れる「遅筋」で構成されています。加齢による機能低下には、特に速筋の萎縮が大きく関わっています。
- マウスを用いた実験では、オメガ3系脂肪酸が、使わないことによる速筋の萎縮を抑制する可能性が示唆されました。また、運動刺激による筋タンパク合成を促進する可能性も考えられます。
- しかし、現代の食生活では、オメガ6系脂肪酸の過剰摂取とオメガ3系脂肪酸の不足というバランスの乱れが問題となっています。
- 筋肉の健康維持のためには、運動とタンパク質に加え、オメガ3系脂肪酸を意識的に摂取し、脂肪酸バランスを整えることも重要かもしれません。
もちろん、今回の研究は動物実験が中心であり、人での効果については更なる検証が必要です。しかし、筋肉の維持、そして健康寿命の延伸に向けて、日々の食生活における「油の質」にも目を向けてみる価値は十分にありそうです。
参考文献: 原馬明子, 守口徹. 筋組織におけるオメガ3系脂肪酸の役割. オレオサイエンス. 2022;22(7):343-348.
健康・医学関連情報の注意喚起:
本記事は、オメガ3系脂肪酸と筋肉に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の食品や栄養素の効果効能を保証したり、医学的アドバイスを提供するものではありません。 食事療法や健康上の問題については、必ず医療従事者や管理栄養士にご相談ください。