こんにちは、理学療法士のPTケイです。 心と体の健康について、科学的な視点から情報をお届けしています。
「最近、ちょっとしたことで息が切れるようになった」
「風邪をひくと、痰が絡んでなかなかスッキリしない」
神経筋疾患と共に生活されている方やそのご家族から、このようなご相談をいただくことがあります。
病気の進行に伴う筋力の低下は、手足だけでなく、呼吸に関わる筋肉にも影響を及ぼすため、呼吸の悩みは切実な問題です。
特に「咳(せき)の力」が弱くなることは、誤嚥性肺炎や無気肺といった深刻な呼吸器合併症のリスクを高めてしまいます。
しかし、適切な呼吸リハビリテーションを行うことで、呼吸機能を維持し、QOL(生活の質)を高めることが可能です。
そこで今回は、神経筋疾患の呼吸リハビリの中でも特に重要な、咳の力を高めるための2つのアプローチ、
「MICトレーニング」と「MAC」について、最新の研究知見を交えながら、わかりやすく解説していきます。
咳の力を「見える化」する指標、PCFとは?
呼吸リハビリの話に入る前に、まずはご自身の「咳の力」がどのくらいなのかを知ることが大切です。
その客観的な指標となるのがPCF(Peak Cough Flow:最大咳流量)です。
(最近はCPFとすることが多くなっているようです。)
これは、力いっぱい咳をしたときの息の速さ(流量)を測定するもので、専用のピークフローメーターという機器で簡単に測ることができます。
なぜPCFが重要なの?
PCFの数値は、痰を気道から外に排出する能力を直接的に反映しています。
PCFの数値の基準として最低限知っておくべきは以下の2つの数値です。
PCFの数値 | 注意点 |
---|---|
270L/min未満 | 自己排痰が困難、咳を助ける介助が必要 |
160L/min未満 | より積極的な咳の介助が推奨 |
このように、PCFを定期的に測定し、その変化を把握することは、適切なタイミングで呼吸リハビリを開始・調整し、肺炎などのリスクを管理する上で非常に重要な意味を持つのです。
吸う力を鍛える!MICトレーニングの効果と方法
PCFを高める、つまり力強い咳をするためには、まず肺に十分な空気を取り込む必要があります。
その「吸う力」をサポートし、肺そのものの柔軟性を高めるのがMICトレーニングです。
MICとはMaximum Insufflation Capacity(最大強制吸気量)の略で、自分の力で最大限に息を吸った状態から、さらに外部から空気を送り込んでもらったときの、肺に入る空気の総量を指します。
このトレーニングは、肺や胸郭が硬くなる(コンプライアンスが低下する)のを防ぐ、いわば「肺のストレッチ」のようなものです。
MICトレーニングは、別名、深吸気療法や肺胞拡張練習と呼ばれることがあります。
研究で示されたMICトレーニングの効果
MICトレーニングが咳の力(PCF)を向上させることは、複数の研究で示唆されています。
2015年に日本の齋藤弘氏らが発表した研究では、在宅で療養する40代のALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さん1名に対し、MICトレーニングを実施しました。 この研究は、トレーニングをしない期間(A期)とする期間(B期)を交互に設ける「ABA’B’デザイン」という手法で行われました。
その結果、トレーニングをしなかった期間のPCFの平均値が306.6 L/minと325.0 L/minだったのに対し、MICトレーニングを行った期間は、平均値が473.3 L/minと531.6 L/minへと大幅に向上しました。 たった一人の研究ではありますが、MICトレーニングがPCFを即時的に高める有効な手段である可能性が強く示唆されたのです。
また、2017年に日本の秋田賢氏らは、18名のALS患者さんを対象に5日間のMICトレーニングを行いました。 その結果、PCFや肺活量(VC)に大きな変化はなかったものの、トレーニングの目標であるMIC(最大強制吸気量)の値そのものが有意に増加したことを報告しています。 これは、トレーニングによって、より多くの空気を肺に溜め込む能力が向上したことを意味し、肺の柔軟性を維持・向上させる上で有効であることを示しています。
MICトレーニングの具体的な方法
MICトレーニングは通常、救急蘇生バッグ(アンビューバッグ、バックバルブマスクともいう)という器具を用いて行われます。

- 患者さんは、まず自力で可能な限り息を深く吸い込みます。(肺活量が少ない方はこの手順を省くこともある)
- その状態から、介助者が救急蘇生バッグを使い、さらに空気を肺へと送り込みます。 これを「Air stacking(エアスタッキング:空気の積み重ね)」と呼びます。一回に送気する量はおおよそ(体重×10mℓ)が目安です。
この間、息を吐かないように注意します。救急蘇生バックをあて、吸気のタイミングを合わせながら2~3回連続で吸っていただき
ます。 - 患者さんが「もうこれ以上入らない」と感じる限界まで空気を送り込んだら、5秒間程度を止めます。
- その後、救急蘇生バックを外して、ゆっくりと息を吐き出します。
この一連の流れを1セットとし、数回繰り返します。
進行性の神経筋疾患では、肺活量(VC)が徐々に低下していくことがありますが、このMICトレーニングを継続することで、肺活量が低下してもMIC(肺に溜め込める空気の最大量)を高く維持できることが期待されています。
これが、いざという時の咳の力を保つことにつながるのです。
吐く力を助ける!MAC(機械による咳介助)
MICトレーニングで「吸う力」をサポートしたら、次はその空気を勢いよく「吐き出す力」を助けるアプローチです。
それがMAC(Mechanically Assisted Coughing:徒手介助併用の機械による咳介助)です。
これは、カフアシストなどの専用の機械(MI-E: Mechanical Insufflation-Exsufflation とも呼ばれます。こちらは徒手介助を行わない場合です)を使って、人工的に力強い咳を作り出す方法です。
MACの仕組みと効果
カフアシストは、マスクを介してまず陽圧で空気を肺に送り込み、肺を大きく膨らませます(吸気)。
その直後、瞬時に陰圧に切り替えて肺の中の空気を強力に吸い出すことで、自然の咳と同じような高速の空気の流れを作り出し、気道の奥にある痰を移動・喀出させます。
この方法は非常に効果的で、国内外の多くの診療ガイドラインで、咳の力が弱い患者さんへの適用が推奨されています。
実際に、その効果は高いレベルの研究でも証明されています。
例えば、あるランダム化比較試験(最も信頼性の高い研究手法の一つ)では、集中治療室(ICU)で人工呼吸器を離脱した患者さんを対象に、カフアシストを使う群と使わない群で比較を行いました。
その結果、カフアシストを使った群では、呼吸不全で再び気管挿管が必要になった割合が48%から17%へと有意に減少し、ICUの滞在日数も平均9.8日から3.1日へと大幅に短縮されました。
MACの具体的な方法と注意点
MACは、カフアシストの機械を使い、患者さんの呼吸に合わせて陽圧と陰圧を切り替えて行います。
さらに効果を高めるために、機械が陰圧をかけるタイミングに合わせて、介助者が患者さんの胸やお腹をリズミカルに圧迫する徒手介助を併用することもあります。
ただし、注意点もあります。
強い圧力をかけるため、一部の患者さんでは喉(喉頭)が反射的に閉じてしまい、うまく空気が流れず効果が得られないことがあります。
そのため、使用する際は、専門家が患者さん一人ひとりの状態に合わせて機械の圧や時間を細かく設定し、最も効果的で安全な方法を見つける必要があります。
呼吸リハビリを始める前に、まずは専門家へ相談を
ここまで、MICトレーニングとMACという2つの強力な呼吸リハビリアプローチをご紹介しました。
これらの方法は、神経筋疾患をお持ちの方の呼吸を守り、日々の安心につながる非常に有効な手段です。
しかし、これらの方法は専門的な知識と技術を要し、誤った方法で行うと逆効果になったり、危険を伴ったりする可能性もあります。
もし、ご自身やご家族に呼吸の不安を感じたら、まずはかかりつけの医師や、呼吸リハビリに詳しい理学療法士、作業療法士などの専門家にご相談ください。
専門家は、まずあなたの呼吸機能(PCFや肺活量など)を正確に評価し、現状を把握します。
その上で、あなたに最も適したリハビリテーションの計画を立て、安全で効果的な方法を丁寧に指導してくれます。
自己判断で始めるのではなく、必ず専門家と共に二人三脚で取り組むことが、成功への一番の近道です。
まとめ
今回は、神経筋疾患の呼吸リハビリテーションにおける咳の力を高めるアプローチについて解説しました。
- 咳の力はPCFという指標で客観的に評価できる。
- 「吸う力」を鍛え、肺の柔軟性を保つのがMICトレーニング。
- 「吐く力」を強力にサポートするのがMAC(徒手介助を併用した機械による咳介助)。
- これらの方法は科学的にも有効性が示されているが、必ず専門家の評価と指導のもとで行うことが重要。
呼吸の機能は、私たちの生命活動の根幹を支えています。進行性の病気であっても、適切なケアとリハビリテーションによって、その機能を長く維持し、より豊かな生活を送ることは十分に可能です。この記事が、あなたやあなたの大切な人の「呼吸」について考え、前向きな一歩を踏み出すきっかけになれば幸いです。
参考文献
- 齋藤 弘, 内田学, 寄本恵輔, 石井啓介, 蓮沼雄人, 中村 大祐, 鈴木浩子. (2015). ALS 患者に対する MIC トレーニングがPCF に及ぼす影響 ラン検定を用いた時系列効果検証. 第50回日本理学療法学術大会.
- 石川 悠加. (2015). 機械による咳介助. 日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌, 25(1), 72-76.
- 石川 悠加. (2019). 呼吸リハビリテーション. 国立病院機構八雲病院.
- 秋田 賢, 吉野千鶴, 武田 貴光, 篠崎美穂, 磯瀬沙希里. (2017). ALS 患者に対する蘇生バックを用いた呼吸理学療法:MIC トレーニングの効果の検証. 第52回日本理学療法学術大会.
- 勝呂 宏 (監修), 高増哲也, 安藤智暁 (編著). (2008). ぜん息の治療・管理のためのピークフローメーター活用ガイドブック. 独立行政法人 環境再生保全機構.
健康・医学関連情報の注意喚起
本記事は、神経筋疾患の呼吸リハビリテーションに関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の医学的アドバイスを提供するものではありません。 筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの診断や治療については、必ず医療従事者にご相談ください。
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